ナイトメアトゥルー
「ちょ、待って。それじゃ意味が…。」
待瀬 清麗が何かを言っていたような感じがしたが上手く聞き取れなかった。
廊下、階段を急ぎ足で歩くが追浜を見つけることができなかった。
いつの間に昇降口に辿りついていた。
もう学校の中にはいないのかなぁ…。
焦って、下駄箱に上履きを入れて皮靴を取り出す。
すると急に話しかける声がした。
「もう…作りすぎ。
食べる人のこと考えたの?
だからあの時、外にいたクラスの女の子に少しづつ分けたんだから…。」
追浜が空になったパックを突き出す。
「あはは、だから昼休みギリギリの時間に戻ってきたのか。
で、どうだった?」
「ホント、むかつく。」
「え…。」
「待瀬さんとはあんなに楽しそうに喋るのに、私と話す時は窮屈そうなんだもん。」
そりゃ、あんな{夢}見れば、気まずいと思っちまうよ。
ん、でも待瀬とは化学式とか菅原さんの娘や藤原さんのお袋さんが書いた日記(更科日記、蜻蛉日記)のことなど勉強の話とかであって、特段楽しい会話を興じた記憶が無いのだが。
でもここは、男は反論してはならない。
「あはは、ゴメン。」
目を泳がせながら謝る。
「もう…。本当にわかってるの?」
駄々をこねる子供のように怒る追浜。
話を逸らそう。
「味は?どうだった、味は?」
「だからホント、むかつくのよ。だって、すごく美味しいんだもん。」
目線を外し、顔を横に向ける追浜。
うわっ…本当にこいつ素直じゃねぇ。
折角、顔がいいのだから美味く思ったんだったら素直に言えよ。
笑顔でそう言えれば、下手なグラドルなんて敵じゃ無いのに…。
でも、さっきは人前だったから面と向かっては言えなかったことが言える。
「追浜。」
「何?」
多少、むっとした表情で俺の顔を見る追浜。
「弁当美味かったぜ。ごちそうさま。ありがとう。
美絵さんが作ったと思わせる程、料理上達したんだな。」
追浜の耳がみるみる赤くなる。
「う、ううう。」
不意の出来事に適切な表現と言葉が見当たらない追浜。
{夢}の中とはいえお前に喰われたんだ、仕返しだ、仕返し。
「美絵さんが作ったことにしなくても良かったのに。
何で、そんな嘘ついたんだ?
お前が作ったからと言って、食べない程、俺は人間落ちぶれていないぜ。」
小学生の時とは言え、追浜の料理はひどかった。
もしかして、それを気にしていたのかもな。
「いや、だから…それは…」
追浜はキャラにも無く口ごもる。
顔はすでに真っ赤である。
わかってるよ。
言いにくいのだろ?
だから言ってやる。
「まぁ、小学生の時と高校生の今じゃ、確実に料理スキルとかも向上するからな。
昔、お前が俺に手料理を振舞ってくれた時にさんざん、俺、ダメ出ししたじゃん?
それを気にしてたんだろ?」
「へ…。」
追浜が拍子抜けした表情をする。
え?そうじゃないの?
「え…。えぇ。あ、そうそう。
そうよ。
いすみんに、ダメ出しされたまんまじゃ悔しいもん。
いつか、いすみんをギャフンと言わすような料理を作るんだから。」
一瞬、きょとんとしていたが次第に納得した表情に変わった。
でも、少し何か怒っているようにも見えたが…。
まぁ、そのことをずっと気にしていたのだったら「ごちそうさま」「ありがとう」「美味しかった」の三言は絶対に言わないといけないと思ったからね。
しばしの沈黙の後、追浜が言葉を発した。
「誰も聞いていないから言えるんだけど、変な夢を見たって話…。
夢の中で麻里とお弁当を食べている夢で、それはほんとの昼休みみたくリアルな感じ。
そして、切干大根を食べようとしたんだけど、それが急にいすみんに変わっちゃって…。」
え…?はい!?
「で、それをそのまま切干大根だと認識していた麻里がいすみんを喰べようとしたんだけど、それからいすみんを守る方法が見当たらなくて、考えた結果、そのまま私がいすみんを食べちゃた夢だったの。」
あはは、まんまじゃねぇかよ。
ここは笑い飛ばすしかねぇな。
「じゃあ、俺もお前に喰われる夢を見たって言ったらどうする?」
「へへへ、何それ。」
冗談交じりに言った言葉に対して、追浜は唇に曲げた人差し指を当てクスクスと笑う。
「夢ってそんなもんさ、誰かに話した所で単なる笑い話さ。気にした方が負けさ。」
こくっと頷く追浜。
それに後、大事な話を一つしなければならない。
「あ、そうそう。こんな俺のために無理なんかするな。」
あの弁当は見た感じ、相当手が込んでいたからな。
それでも、追浜は首を横に振る。
「ううん、無理なんかじゃないよ」
「いや、美絵さんの負担を和らげるためにお前が家の事をやっていることは長い付き合いだったからわかる。
だから追浜が余裕ある時だけ、弁当を持ってきてくれ。
そんな時はメールをくれ。」
そんなこんなで俺は女の子のメアドを初ゲットしていた。
まぁ、でも、初めての相手が追浜ってのもなんか微妙だけど。
例え、追浜が俺の事を好きではないとしても。俺の中では追浜は特別な存在だ。
追浜がどう思おうともそれは揺るがない。
「ねぇ、一緒に帰ろう。」
携帯に俺のメモリを登録し終えた追浜が五月晴れのような表情で言った。
「小学校以来だな。」
「うん、そだね。」
「じゃ、自転車、俺が漕ぐから後ろに乗れよ。」
追浜は自転車通学であり、駐輪場は昇降口から見える場所にある。
駐輪場を指差して気がついた事。
「あははは、晴れてら。」
空はすでに晴れ渡っていた。
濡れている路面をなぐさめるように空はどこまでも青い。
「ふふふ、今日の雨はお昼から降って夜まで降り続くって予報じゃなかったけ?」
「でも晴れたんならいいだろ?」
「だよねぇ、あはは。」
駐輪場までの足取りは軽い。
とりあえずは、今はこんな関係でいい。
焦らずこれから再び互いの事を知ればいい。
そう思った雨上がりの午後だった。
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教室の窓からクラスの委員長の待瀬 清麗が二人乗りの自転車を眺めていた。
メガネは外している。
「伊達君。ただ外見がかっこいいだけの子かと思ったけど、それ以上かもね。」
待瀬 清麗はクスクスと笑いながら遠ざかる伊達 いすみの背中を見ている。
それは嫌味が無い健全なる笑いであったが、どこかに母親の化粧品を勝手に使おうとしている小さな女の子のような表情も覗かせている。
「さて、後はどうやって彼にこのポストに就いてもらうかね。」
机の上には「遊撃委員 氏名 」
と書かれた紙が置いてある。