チキンというやまい(更に改題)
「そうですか。ちょうどコーヒーを飲みたいと思っていたところなんですよ。
心の中を読まれたみたいで、怖いな」
そんなやりとりの間にエレベータの前まで来た。可奈は急ににこにこし始めていた。
「河田さんのご趣味は温泉めぐりだと、わたしの心に伝わって来ました。ペーハーメーターを持って人跡未踏の秘湯を捜すんです。それが趣味」
河田ははっとした様子で眼を丸くして可奈を見下ろしている。
「エレベータの中に入ってください。河田さんが行き先階のボタンを押すんですよ」
「からかわれてますね。そうか。田代さんから聞いたんですね。そんなことをあのひとに話したことがあった筈です」
田代玲菜は可奈と同じ部署の一年先輩で、登山同好会のメンバーだった。
「やっぱり間違えましたね。わたしは三階に住んでいます。五階は河田さんのところですよね」
エレベータに入ると河田は五階のボタンを押してしまった。可奈に指摘された通り、河田はそのマンションの五階に住んでいた。
「どうして、このマンションに住んでることを教えてくれなかったんですか?」
「可奈さんが負担に感じたら申し訳ないと思ったんです。同じ会社の男女の社員が同じマンションに住んでいるなんて、そう思ったら落ち着いて生活できませんよね。そう、思いませんか?」
可奈はそれには応えずに別のことを云った。
「どうしますか?五階から三階に降りて、わたしの部屋にいらっしゃいますか?」
「いつから私が五階に居ることを知ってました?」
作品名:チキンというやまい(更に改題) 作家名:マナーモード