漢字一文字の旅 第三巻
十一の二 【富】
【富】、ウ冠の下にある字は(フク)という漢字。それは酒樽のように腹がふくらんだ器のことだとか。
そこから「みちる」、「みたす」の意味になったそうな。
そしてウ冠は祖先を祭る廟(みたまや)の屋根の形。
そのウ冠と(フク)とが組み合わさった【富】、それは神への供え物が多いことを表す漢字で、豊かな意味になったとか。
なるほど、【富】は神が関わっていたのか……と納得。
しかし、このウ冠の【富】の兄弟にワ冠の「冨」がある。
【富】と「冨」、どこがどう違うのだろうか?
【富】は当用漢字。
一方「冨」も古くから使われてきた。だが当用漢字ではなく、人名用漢字にだけに採用されている。
とは言っても「冨」、現代でも多く使われている。
しかし、ワ冠は単に覆う意味だとか。
それに比べ、ウ冠は立派な屋根。
そのため【富】の方がワ冠の「冨」より裕福だという変な説まで囁かれてるようだ。
そうならば、富士山は?
ワ冠の冨士山もあるぞ!
その違いをハッキリさせろと叫ぶ輩もいることだろう。
そこでこんな都市伝説がある。
【富】の上の点は太陽。
したがって太陽がある南側の静岡県側が――ウ冠の【富】士山。
そして点がない、つまり太陽のない北側の山梨県側が――ワ冠の「冨」士山だとか。
富士山にあまり縁のない関西人にとっては、ほんまかいなとなるが、されども、ここで……えらいこっちゃ!
愛媛県大洲市に、正真正銘のワ冠の「冨士山」があるのだ。
標高はたったの320m。だがツツジの名所で、別名は大洲【富】士と呼ばれている。
そして、そのワ冠の「冨士山」の正式名は「ふじさん」にあらず。
「とみすやま」――だそうな。
ホッホー、日本一の「ふじさん」と呼ばないんだ!
それにしても、ウ冠の【富】士山に迎合せず、あくまでもワ冠の「とみすやま」だぞ!
立派、立派……、立派だ!
いずれにしても、【富】も「冨」も、金銭的な豊かさだけでなく、そこに漢字一文字ずつが持つ意地を感じさせてくれるから、嬉しいものだ。
作品名:漢字一文字の旅 第三巻 作家名:鮎風 遊