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双子エピソード

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ヴァルディースが俺に詰め寄る。その眼は笑っている。けれどその奥ではちっとも笑っちゃいない。どこかからか、つながってる感情が流れ込んでくる。それはいら立ちだ。同時に、俺の感情もあいつに流れ込んでいるだろう。激しい後悔と、罪悪感。そう言ったものが、きっとひしひしとヴァルディースにも伝わっているだろう。
『これ、オレの花なんだ』
そう言って、無邪気を装って笑ってた小柄なあいつを思い出す。心配そうに俺を覗き込んだ顔。兄貴ぶるような顔。けれど、一番思い出すのは、酷い言葉を投げつけた俺に、『ゴメン』と寂しそうに笑って去って行ったあいつの顔。その後、あいつはどこにもいなくなった。狭いガルグの世界で、どこにも見つけることができなくなった。
いつの間にか、考えたくもなくなっていた。もう二度と会うこともできないのだということを、認めたくなかったのかもしれない。
「それで、それを思い出してお前はどうするんだ?」
ヴァルディースが俺に問う。
「花を見て、失った相手を思って、どうするんだ? 探しにでも行くか? 無理だな。お前はそういうことに自分を投げだせるような奴じゃない」
「……っ」
ヴァルディースの言葉は確かに間違っちゃいない。俺は、なにもできない。失った人間を思って、嘆くことしかしようとしない。もっと違う方法があったかもしれない。もっと違う行動を起こせていたなら、違う結果になったかもしれない。そう、悔むだけ。
「どうにもできないことをいつまでも思うのはいい加減やめることだな。全く、お前のそういうところにはいつまでたってもイライラさせられる」
ぐいっと肩を掴まれて無理やりヴァルディースの顔を見上げさせられた。
「今、お前を見ているのは誰だ? その花か? お前の傍にいるのは誰だ? そいつか?」
「ち、が……」
首を振るのも力無い。否定する声は、自分でも認めたくないくらい、細かった。
ヴァルディースが何を言いたいのかはわかる。俺が、今大切にしなければいけないものは、過去じゃない。ここにいる、ヴァルや、ヴァイスたちだ。
けどでも、忘れられない。
胸が、詰まる。言葉を紡ごうとするのに、あふれるのは涙と嗚咽。
忘れられない。忘れようとすればするほど、それは記憶にまざまざと刻みつけられる。あいつだけじゃない。俺があの組織で壊してきた物すべて。恨みを吐いて死んでいった人間。助けを求めながら、俺に殺されていった人間。どれも、身近な人間ばかりだった。そいつらがいつまでたっても、俺を責め続ける。
「忘れ去れとまでは言わねぇよ。けど、どっちがお前にとって大事だ? それとも、そんな過去に浸っていたいほど、今はお前にとっては地獄なのか?」
一瞬、ヴァルディースの声音が暗く沈んだ。
「……お前を生き永らえさせたことは、間違いだったのか?」
「それは、違う!!」
反射的に否定していた。
ヴァルディースと同化させられた俺が、再び分離した時、ただの人間として生きることは不可能だった。本来ならそのままヴァルディースに再度吸収されるか、それとも中途半端な化け物と化してただ虚しい永遠の生を送るかするしか、選択肢はなかった。けれど、こいつはそうさせなかった。俺は、それを恨みもした。けれど、今はそれが間違いだったなんて言う気は、これっぽっちもない。
こいつがいなかったら、俺は、こんな風に今生きることなんてできていなかっただろう。それだけは間違いない。
「俺は……!」
訴えようとしたのをいきなり塞がれた。ヴァルディースが笑っている。面白がるような、いつもの顔。また、やられた。
「レイ、愛してる」
言葉は絡め取られ、きつく抱きしめられる。飢えた獣が仕留めた獲物をむさぼるように、俺はこいつに囚われる。
こいつは本当に奔放で、いつもそれにイライラさせられてばかり。けれど、それがかえって俺の心を軽くする。何より幸せだと実感する。
それを、俺はひたすら求めた。


「明日ユイスに聞いて、この花全部摘みに行こうぜ」
腕に抱かれながら、そんな台詞を耳元でささやかれて、俺は怪訝に眉を寄せた。
「なん……っ」
「イヤな思い出は忘れればいい。けどな、それだけじゃないから記憶ってもんは忘れられない。だったら、全部いい思い出にしちまえ。その方がずっと、楽しい。だろ?」
不敵に笑うそいつの顔。呆れるまでの我儘さ。
「お前の、理屈は、いつも、無茶苦茶、だ……っ」
「だから、惚れたんじゃねぇのか? レイ」
「……っ!」
言葉を失うとはまさにこのこと。
耳朶をくすぐる言葉に、何もかも吹き飛ばされそうだった。
けれどでも、もしすべて幸せな楽しい記憶にすりかえることができるなら、どれほど良いだろう。出来ないことではない。それはわかる。なぜなら、辛い記憶だけではない。だからこそ忘れられない。記憶の比重を、楽しかった思い出に振り分ければいい。そうすればきっと、こいつの言ったように、楽しかったものにできるのかもしれない。
別に俺だって、苦しいばかりでなんていたくはない。忘れられない思いは、抱えて行くしかない。けれど、それは辛いよりも楽しい方がずっといい。きっと、そういうことなんだと、思う。





作品名:双子エピソード 作家名:日々夜