双子エピソード
初恋
うるさい女が、言いだした。
「なあ、お前の初恋ってどんなヤツだったんだ!?」
他人の過去を探ることを全く悪気なく行う。むしろ嬉々として探ろうとする。この女が、俺は嫌いだ。
「なんで俺がんなこと答えなきゃねぇんだよ」
「いーじゃん。教えろって! やっぱお前の事だから男なんだろ?」
喜色満面にしてしつこく食い下がるそいつを俺は徹底的に無視して、コーヒーをすする。確かに俺は男だが、昔から女にはどういうわけか興味を持てなくて、相手にしてきたのも男ばかり。そして今伴侶となったのも、精霊とはいえ、見かけは男の姿をしている奴だ。それはもはやここでは周知の事実。だから別に答えたくない理由は、そういうことを隠したいから、ではない。単にうざったい。それだけだ。
それに俺の過去なんて暴きだしても、どうせ楽しくないことばかりだ。それに応えて自分が嫌な思いをするのも嫌だった。
「もう、シーヴァさん、そのくらいにしてやってよ。レイにも言いたくないことあるんだとおもうよ、きっと」
店のカウンターの向こうで、そんな風に助け船を出してよこすのが、双子の兄貴のユイス。だが、シーヴァと呼ばれた女はそれで引き下がるような玉じゃなかった。
「えー。いいじゃんかよー、そんくらいー。んじゃユイスの初恋相手は? どんな子? あ、でもユイス童貞なんだっけ? 彼女とかじゃなかったんなら聞いてもしょうがないかー」
「シーヴァさん……。ひどい……」
ためらいもせずに突き付けられた一言で、双子の兄はおおいに傷つき、カウンターに突っ伏すようだ。童貞であることは事実なようだから、俺もそのあたりについてはフォローのしようがない。まあ、できたとしてもする気もないのだが。
けれど、ユイスが無理となれば、矛先はやはり俺に向いてくる。
「やっぱレイス教えろよー。はーつーこーいー」
なんでこいつはそんなどうでもいいことをひたすら聞いてくるのだろうか。いい加減いら立ちが最高潮に達して、俺は席を立とうとした。
「もう、いい加減にしようよシーヴァさん。コレ上げるから!」
そこへ珍しくいら立った様子で、ユイスがシーヴァの前に小さな花を突きだす。その風車のような紫の花に、俺は一瞬目を奪われた。
「なんだこれ?」
「クレマチスの花。かわいいでしょ。今朝裏で見つけて、飾ろうと思って採ってきたんだ」
差し出された花をシーヴァは手にとってしげしげと眺める。けれど、やはりそんな物では満足しないのか、シーヴァはそれをすぐに興味もなさそうにカウンターに戻した。
「こんなのもらってもなぁ。しゃーない。今日は諦めるかー」
つまんねーと大げさにあくびをして店から立ち去っていくシーヴァに、ユイスも俺も大きなため息がこぼれる。相変わらず、あの女は台風の目だ。
「はぁ、やっと行ってくれた……。レイもごくろうさま」
苦笑いを見せながら、立ちあがりかけた俺の前に、コーヒーのお代わりを注ぐ。どうやら飲み直していけと言うことらしい。あの女が去った今、その好意を断る理由もない。俺は再び席に座りなおした。
「でも、レイ。ちょっとくらいなら話してあげても、よかったんじゃない?」
「誰があんな女に」
きっぱり断る、と言うと、ユイスは困ったように笑うが、それ以上は食い下がらない。諦めるのか、それとも興味がないのかはわからないが、双子であるから逆にお互いの領域には深入りしないというその関係が、俺はかえって居心地が良いと思っている。
同じように、この店も、俺にとっては気が休まる場所の一つだった。あんな女がいるときは別だが、酒も出さない店というのもたまにはいい。
宿屋と一緒になった喫茶店。ユイスが初めて任された小さな店だ。こいつは昔貴族の屋敷で働いていたとかで、その手の仕事はお手の物。時々ドジるのが玉に傷だが、それでもこいつの焼くケーキやらなんやらが、それなりに常連客を惹きつけているよう。
そのユイスが、今はまだ客のいない店内に先ほどの花をグラスに浮かべて飾り付けていく。クレマチスの花。なんとはなしにそれを見つめていると、ユイスがその視線に気づいたようにこちらを振り返り、首をかしげた。
「どうかした、レイ?」
「あ、いや……」
首を振りかけて、けれどでも、やはりそれが気にかかって、俺はその小さな花に手を伸ばす。
「これ、一つもらってもいいか?」
言えば、ユイスがきょとんとした顔をする。
「いいけど、レイが花なんてほしがるの、珍しいね」
その指摘になんだか気まずくなって、俺は思わず顔を伏せていた。ぽつりと、懐かしい花なのだとつぶやくと、ユイスはそれ以上何も聞かずに俺にその花を渡してくれた。
街の片隅にある小さな家へと、花の浮かべられたグラスを手に、向かう。だが家に着くと、居間でヴァイスが一人遊びをしていて、俺は首をかしげた。今日は、ヴァルディースが相手をしていたはずなのに、その姿がない。
「まー、おかえりー!」
俺の姿を見つけると、ヴァイスは俺に飛びついてくる。
「ヴァイ、ヴァルはどこいった?」
「ぱーぱ、どっかいったー。ヴァイわかんなーい」
ぷるぷると子供らしく首を振って、首をかしげる。ヴァイはまだ幼い。そんな子供一人置いてどこかに行くようなら、やっぱりあいつになんて任せておくんじゃなかった。そう後悔するも、あいつの気ままさは今に始まったことじゃないことに気づく。あいつに任せた自分が悪いのかと思って、ため息がこぼれるだけだった。
「まー。これなあにー?」
ふと、ヴァイスが俺の手の中にある花に気が付く。俺はそんなヴァイスを膝の上に乗せ、テーブルにその花を置いた。
「クレマチスの花。鉄線、ともいうんだったかな。俺が好きな……、いや、好きだった花、かな」
「まーの好きなおはなー? じゃあ、ヴァイもすきー!」
きゃっきゃと無邪気にはしゃぐヴァイスが愛らしい。俺は思わずその小さな体を抱きしめる。
本当のことを言うなら、クレマチスの花なんて見たくなかった。もう二度と。でも、思いだしてしまったものは、忘れられない。
「どしたのまー? どっかいたいの?」
腕の中で、ヴァイスが不安げにこっちを見上げる。顔にでていたらしい。いけない。子供ってのはなんでかそういう感情に敏感だ。
俺はきょとんとするヴァイスの頭をわしゃっと掻きやり、笑った。
夜になると、ヴァイスは疲れたのか眠ってしまう。ヴァルディースはまだ帰って来ない。俺はずっと、テーブルに置いたそのクレマチスの花を眺めていた。
思いだすのは、楽しかった記憶と、思い出したくない後悔の記憶。まだ俺が、ガルグと言う名の組織にいた頃のことだ。あの殺伐とした世界での、数少ない、脳裏に残っている記憶。
「お前も相変わらず自虐的だな」
突然、背中に、そんなからかうようないつもの声が注がれた。
「俺の勝手だ」
振り返りもせずに言い放つと、背後でそいつが肩をすくめる気配。
「自分を振った相手を未だ想う、か? それとも、自分が壊した相手だからか? なんにせよ、自虐的なことには変わらねぇな」
「お前には関係ないだろ」
「関係ない? おい、冗談はよせよ、レイス。俺を誰だと思ってる? お前の記憶は、俺の中にもあるんだぜ? 7年お前と同化させられてたんだ。忘れようがない」