双子エピソード
息も継がずにまくし立てる様にまた別の意味で面食らう。だが、意味が分からない。コイツは謝るんじゃないと言っておきながら結局謝っている上に、そもそもなんで離れたくないと思ったことをさらに謝られなければいけないのか。それが自分とどういう関係があるというのか。
そして、言いたいことが結局そこに行き着くだけなら、コイツは何にも変わっちゃいないではないか。
「言いたいことはそれだけか? だとしたら結局てめぇは、自分がしたいようにしたいってだけなんだろ」
快楽にのみ行動理由を求めるコイツらの根本的な性質はなにも変わっちゃいない。
そんなものに側にいられたらたまったもんじゃない。いつ自分の欲望のためにまたコイツ等がオレの大事な物を奪うとも知れない。
オレは正直落胆していた。
一度だけ見た、コイツが後悔している様を、オレは自分と重ねた。けど、コイツはオレとはやっぱり全然違う。もしかしたら、自分とコイツが同じかも知れない、なんて一瞬でも思った自分がバカだったのかも知れない。
オレは立ち上がろうとした。ここまでくれば、残るのは一つしかないと思った。
だが、その腕にそいつが突然つかみかかった。
ぞっとした。急激に何かがオレの中にせり上がってきてオレを飲み込んだ。
頭の中に激しく鳴り響いた子供のわめき声に重ねて叫び散らしていた。
捕まれた腕をふりほどく。目の前の腕しか見えなかった。体に絡みついてくる触手しか感じられなかった。目の前の男の、怪しげに笑う赤い目が、オレを見つめ返す姿しか、記憶によみがえってはこなかった。
「っ、なせ、離せ……!」
しかしふりほどいた腕から、ヴァシルの手が離れると、我に返る。
ヴァシルは闇の力を解き放ってはいなかったし、その表情も笑ってなどいなかった。むしろ、そこでオレを見つめ返していたのは、ひどくおびえ、困惑したように目をそらす、そいつの姿だ。
「やはり、私はここにいてはいけないようです」
ぽつりと、そいつは自嘲するようにこぼした。
「ああ、でもこれだけは、聞いていただきたい。私がここを離れたくないと思ってしまったのは、ヴァイス君のせいなんです」
捕まれた腕をなですさりながら、オレは意外な言葉に戸惑っていた。
「ヴァイが、なんかしたのか」
「はい。笑って、くれました」
一瞬意味が分からなかった。離れたくないと思った理由がヴァイスで、そのさらに理由がヴァイスが笑ったから。
けれど、わからないと思ったのは一瞬。
ヴァイスは無邪気だ。子供だから当然なのかも知れない。なにも知らず、笑っていられる。時々それが憎たらしくなることもある。けれど、その無邪気さに一番救われたのは、ほかならない自分自身だった。
ヴァイスはヴァシルにもなついていた。それがオレにとっては恐ろしくもあった。
けれど。
「お前、ヴァイのこと、好き、か?」
そう問えば、そいつはまたきょとんとする。
「好きかどうかと言うのは、よく、わかりません……。でも、この間、出会った方が大事にしたいと言ってくれた。それと同じことを今、私はヴァイス君に感じているのかも知れないと、そう思うことはあります」
大事にしたいという言葉が、オレの胸に突き刺さった。
オレにとってヴァイスは、ヴァルディースに次いで、いや、同じくらいに大切な存在だ。そいつを傷つける存在なのだとしたら、オレはヴァシルを絶対に許せないと思っていた。自分が恐れる存在だからとかそう言うことは関係なく、無謀だとしても、オレにとってヴァイスは守らなくちゃいけない数少ない存在の筆頭だった。
でもヴァシルが言ったのは、オレの予想とは真逆のことだった。
オレが大事にしたい存在を、同じように大事にしたいと言ってくれる。そんな奴を、オレはどうするべきなんだろうか。
そのとき唐突に、頭の中に声が響いた。
(許してやっても、いいんじゃねぇか)
ヴァルディースの声だった。
また、あいつは勝手にオレの頭の中を覗いていたらしい。悔しさと同時に恥ずかしさがこみ上げた。
現実が、過去のしがらみのせいで見えなくなるのが、恥ずかしいとも思った。
完全にコイツを受け入れることなんてできない。けれど、そのせいで関係のないヴァイスを巻き込むのはもっと嫌だった。
「勝手にしろよ」
言われた意味を一瞬理解していなかったのか、惚けたようにヴァシルはこちらを見返してくる。
それにいらだつのをいいことに言い放った。
「だから、好きにしろって言ってるんだよ! てめぇがここにいたきゃいればいいじゃねえか!」
それが、今のオレに言える最大限だった。
しかしそれでも言われた意味をようやく理解するらしいそいつの表情は、戸惑いは残る物の、今までとは打って変わって明るさを取り戻していく。
そしてまた、深々と頭を下げた。
「ありがとう、ございます……!」
オレはそんなヴァシルの言葉を聞くのもそこそこに、逃げるようにしてそこを立ち去った。
離れれば、いきなりどっと疲労感が襲った。
けれどため息をつく側から、聞こえた笑い声に、オレはむっとする羽目になる。
「ヴァイスがいてよかったなぁ、レイ」
ヴァシルの家の扉の脇で、疲れたオレを見てにやついた笑みを浮かべるヴァルディースがそこにいた。
こいつはおれのあたまをのぞくだけじゃあきたらず、一部始終ここでのぞき見ていたのだろう。
そう思えばヴァルディースに対して急に憤りがこみ上げた。
「うるせぇ、のぞき魔!」
殴りかかろうとすればあっさりとよけられた。むしろそのまま腕をとられて抱きしめられる。
「お疲れさん。よくできました」
ぽすぽすと頭をなでられ、こっぱずかしさが全身を駆けめぐった。
オレはわめいてヴァルディースから逃げた。思い浮かぶだけの文句をヴァルディースにぶつけた。
なぜか気がつけばもう、ガルグで過ごした記憶が、以前よりもずっと、遠い物になっていた。