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双子エピソード

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来訪者(レイス)


冷たい光だと思っていた。あまりに優しく、冷徹で、決して私に従おうとしない。穏やかのようで、冷え切った光だ。
最後に彼と会ったときに、奪い去ったものだった。闇の存在であった私の中で、それは決して混ざり合おうとはしなかった。常にその姿を保ち、私に忘れさせてはくれなかった。
けれど、実際にそれを目にしたのは、直視しようなどと思ったのは、あの時以来の事だ。
なぜだろう。私にとってそれは己が犯した最大の過ちの、証だった。もう二度と目にしようなどとは思わなかった。それでも、忘れ去ることができなかったからだろうか。
私はこの過ちを抱いて、どうするつもりなのだろうか。この洞窟の中で、光を避け、彼を忘れ去ろうとして、それもできず。
いや、忘れ去ろうなどと、虫がよすぎる。これは、私が抱いて行かなければいけないものであるのだから、決して忘れてはいけない。私が犯した全ての罪を、忘れるなど、そんなことが赦されていいものだろうか。
「ほんとに、あなぐらの中に潜ってやがんのかよ」
不意に洞窟の中に声が響いた。私は恐れた。それはこの中に閉じこもって以来、初めて聞く、アルス以外の知らぬ者の声だった。
それは入り口から次第に足音を響かせて、入り込んでこようとする。
ランタンの光が近づいてくる。
声の主は一体何者だろう。私を怨む者であることには違いない。アルス以外で、この世に私の存在を認めるものなど居はしないだろう。それだけのことをやってきたのであるのだから。アルスが私の存在を赦すことでさえ、奇跡だと言って過言でもないのであるから。
私はとっさに逃げようとした。だが、どこへ逃げると言うのだ。私が行く所など、もうこの世のどこにも存在しないと言うのに。
「な、何者だ」
私は問いかけた。問われた相手はその声を鼻で笑うようだった。
「天下のガルグの長様が、どうしてこうして、こんなあなぐらに潜って、入り込んでくる人間にそんな震えた声で問いかけるようになっちまったんだ」
ランタンの光が私の姿を照らす。私はその光に身をすくめた。ため息がこぼれたようだった。
「あんたに会ったら、言いたい恨み事が、山のようにあったってのにな」
光が、次第に細く、弱くなっていく。ランタンの持ち主が、炎を絞ったのだと気付いた。
「アルに聞いてきたはいいが、ったく。こんな状態じゃ話どころじゃねぇじゃねぇか」
ひとりごちる姿を、ランタンの弱い光が照らす。金の長い髪がどこかで以前目にしたような気がしたが、思いだせない。だが、向こうはやはり私を知っているようだった。
「お前は、何者だ」
「何者だって?」
鋭い眼光が私を捕らえた。その眼には深く憎悪が宿っていた。私はその眼におののいた。以前なら逆に嗜虐心を煽られていただろうに。
だからこそ気付いた。ああこれは、この眼は、つまり私が弄んだ者の一人なのだと。存在も覚えてはいないほどの者だったのだろうが、私は確かにこの男を弄んだのだろう。
「すみません。私は、貴方を、覚えてはいないよう、です。けれど、貴方も、私が過去犯した過ちの、犠牲になられた方、なのでしょうね」
「驚いた。ほんとにまあ、何もかも変わっちまって。あんたからそんな殊勝な謝罪が返ってくるとは思ってもいなかったぜ」
「申し訳ありません」
深く平伏してただひたすら私は頭を下げた。だが、その私に、強い衝撃が襲った。
「謝ってんじゃねぇよ!」
襟ぐりをつかまれ、壁に叩きつけられた。まっすぐに向けられた憎悪が、私を射抜いていた。
「てめぇ、何に謝ってんのかわかって謝ってんだろうな! てめえの謝罪なんてこっちは聞きたくもねぇんだよ! 謝られて俺の気が済むと思ってんのかよ! てめぇは俺や俺の家族に何しやがった!? えぇ!? 言ってみろよ、言えねぇだろ!!」
岩壁に叩きつけられ、ぼろのような黒衣を締め上げられ、呼吸が止まる。だが、そんなことをしても私は死にはしない。この名も知らない男に何をされようとも、私はどうせ消えることもできない。
「ならば、どうすればいいと言うのです。貴方に私がしたのと同じように、貴方が私をいたぶれば、気は済みますか。でしたらどうぞ、気のすむようになさってください」
私は彼が同じように私をいたぶるのだろうと覚悟した。それくらいで気を済ませてもらえるなら、安いものだった。
だが、返されたのは、私を放り捨てる腕だった。
「誰がてめぇと同じことなんかするかよ。そんなことで気が済むなら、前のてめぇらと同じじゃねぇか。俺はてめぇらみてぇに安かないんだよ」
そこにあったのは憎悪ではなく軽蔑だった。そこで知った。ああ、私は憎まれる価値すらもなくなったのかと。もはやその程度の物でしかなくなったのか。人間に蔑まれる。まるで過去私たちが人間をそのように見ていたように。
「一つ、教えといてやる」
彼は私の前の岩に腰かけた。
「俺の名前はレイスだ。あんたは覚えちゃいないだろうが、ガルグの実験奴隷だった」
男は私の前で語り出した。それは男の過去だった。幼いころ、ガルグに連れて来られ、私の命令の下、実験体とされ、悲惨な実験で苦痛を味わったこと、その中で母親を自らの手で殺したこと、それだけでなく数多の人間を手にかけたこと、人として生きることもできなくなったこと。彼はそれらを、淡々と語った。
「私はとんでもないことをしていたのですね。貴方から、全てを奪ったのだ」
語られた事実が、更に私を苦悩させた。そんな目にあっていたこのレイスという男は、どんなにか苦しい思いをしていただろう。そしてそれがすべて、私の命令でなされたことなのだと言う。なぜ、そんなことをしていたのかという後悔しか、私には浮かばなかった。
「勝手に泣いてんじゃねぇよ。ただ話を聞いただけで、てめぇに俺の何がわかる」
震える拳と食いしばられた歯に、私は自分の中からあふれる物をこらえようとした。確かに、それを受けて苦しかったはずなのは私ではなく彼だ。私には、涙を流す資格すらないだろう。
「泣くくらいなら、こんなとこに引きこもってんじゃねぇよ……」
震える彼の声が、絞り出される。
「てめぇがやってるのは、引きこもって後悔に浸りきってるだけだ。現実から目をそむけて、自分がやってきたことを何一つ償おうとしちゃいない。赦されるのを待ってるだけじゃねぇか。自分がかわいいだけじゃねぇか! そんな奴を、誰が赦してやるってんだ!」
怒りで肩を震わせ、涙を流しながら私を見下ろす。その姿に、私は打ちのめされた。
「出ていけよ。今すぐこんなあなぐらから出ていけ! てめぇみてぇな奴に逃げ場所なんかねぇんだよ! 炎天の下で晒し物にでもなってきやがれ!」
指し示されたのは、洞窟の出口。強い意志が、私を睨みつける。
洞窟の入り口からは、中天に掛かる日光の光が差し込むようにすら思えた。私は恐れた。だが、目の前の男の激しい感情に、私はあらがうことができなかった。
立って、歩いた。洞窟の出口が、遠く思えた。けれど私はそこに行かなければいけなかった。それは義務だった。
「貴方の言うとおりです。私は嘆くだけで何もしようとはしていなかった。そんな私に、こんな場所に逃げ、隠れる権利などない。申し訳ありませんでした、レイス。そして、ありがとうございます」
作品名:双子エピソード 作家名:日々夜