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正しいフォークボールの投げ方

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 いつもだったら念じるだけなのだが、声を出して語りかけてしまった。

『はいはい、もちろん居るわよ。ここに』

 すると何食わぬ顔で野球の神様は姿を現した。

 ヒロ以外、突然登場した野球の神様の姿を認識出来ていない。そもそも、時間が止まったしまったかのように静止していたのだったが、ヒロはその光景に気付く余裕は無かった。

『はい、これ落ちていたわよ』

 野球の神様の手にはヒロが落とした球を持っており、渡そうと差し出したが、ヒロは受け取らなかった。

「野球の神様。貴方は神様なんですよね」

『そうよ』

「お願いがあるんだ」

 その言葉に、野球の神様は今までの状況からヒロが言わんとしていることを察した。

『眞花ちゃんを助けて欲しい、でしょう?』

 ヒロは頷き、語りかける。

「自分を甦させてくれたみたいに、眞花ちゃんを助けて欲しいんだ! お願いします。眞花ちゃんを助けてください!」

 ヒロは手を合わせて、野球の神様を拝み嘆願した。人間が神様の前で行う本来あるべき光景だろう。野球の神様は祈願された以上、神様らしく荘厳な態度で応じる。

『そうね。ヒロくんが野球で活躍してくれたお陰で、実は神通力が充分溜まっているわ。だから、ヒロくんのお願いを叶えることが出来るわよ』

「ほ、本当ですか!? だったらすぐに叶えてください!」

『でも……。その願いを聞き入れたとしたら、ヒロくんは元の世界に戻れなくなるわよ』

「えっ!?」

 想定しなかった返答だった。

『こっちの世界に来ちゃった時に説明したけど、人間を甦させるのはもの凄くパワーを使うじゃない。それで眞花ちゃんは甦させたら……』

「ちょっ! ちょっと待ってください! 甦させたらって……」

 話しの途中でヒロは気になった箇所を指摘すると、野球の神様は目を伏せて、真意を告げる。

『残念だけど、眞花ちゃんの魂は既に身体を離れてしまっているの。はからずも、あの時のヒロくんと同じようなことになってしまっているの』

 あの時……そう、ヒロがランニングの最中に打球が後頭部を直撃して、絶命してしまった一件である。

「それじゃ……眞花ちゃん……は……」

 悲哀と絶望が織り交ざった弱い声を吐くヒロ。

 野球の神様は黙したまま頷き、ヒロが言おうとしていた最悪のケース……眞花の人生の終わりを肯定した。

 だったら、なおさらである。

「……野球の神様、それなら眞花ちゃんを甦させてください。自分の時と同じように」

『本当に良いの? 話しの途中だったけど、眞花ちゃんを甦させたら折角溜まった神通力は消費しちゃって、元の世界に戻せなくなるわよ』

「でも、また野球で活躍すれば力が回復するんですよね? 自分が戻る時はその時に……」

 野球の神様は少し申し訳無さそうにヒロを見つめた。

『まあね。でも、今度神通力を回復させるには、よほどのことをしないとダメよ』

「どうしてです?」

『幸いにも、この世界にはフォークボールが存在しなかった。そのフォークボールをヒロくんが活躍出来て広めてくれたことで、多大な影響を与え、野球の発展として貢献となったの。

 これからフォークボールを投げる投手がどんどん増えて、野球のレベルが向上していくわね。だから神通力が短い期間で回復出来たのよ。本当は五年以上かかるかなと思っていたんだからね』

 これまで、あえて神通力が回復する期間を伏せていた野球の神様。長時間要すると知れば、ヒロのやる気を損なうと思ったからである。

 人間と神様の時間感覚は違う。人間にとっての五年は遥か彼方の未来である。

 フォークボールが知れ渡った現状で、また一から神通力を回復させる為には並々ならぬ活躍をしなければいけないだろう。

 しかし、オチアイが打ったように、他の打者もフォークボールに慣れたりと対応が出来たりして、これ以上の活躍は出来ないかも知れない。

「よほど……というのは、優勝とかですか?」

『それが最低条件かもね。簡単に言ってしまえば、この世界の野球史に伝説として残るぐらい活躍をしないと、元の世界に戻す神通力が溜まらないと思うわよ。

 既にフォークボールの元祖として名前が残ると思うけどね。それを踏まえて考えなさい。もしかしたら元の世界に戻れる千載一遇の好機かも知れないのよ』

 ここでヒロが元の世界に戻ってしまっても、誰からも責められたりはしない。眞花は異世界人で、ヒロは別の世界の人間。元より関係無いし、事故で片付けられる出来事だ。

 ヒロが見捨てても罪は無い。仕方ない。どうしようもない。そういう運命だ。

 だが、そんな考えはヒロに一切無かった。

「眞花ちゃんを、甦させてください」

 迷いの無いはっきりとした声だった。

『良いのね?』

「話しを聞いて、実は内心、ほっとしたんです。この世界で……」

 ヒロの脳裏に、イナオや沙希、イマミヤ、大府内の野球部員の顔が次々と浮かび上がり、最後に眞花が微笑みかけてくる。

「まだ野球がしたかったから。野球が好きになったから。そして眞花ちゃんに、もっと野球を、自分のプレーを観せてあげたいです!」

 一意専心な瞳で野球の神様を見つめる。それだけでヒロの純粋な気持ちが伝わってくる。

『そう、素敵な理由ね』

 野球の神様は、とびっきりの笑顔をヒロに向けた。

 ヒロは野球を心底楽しんでプレーしている。これからも野球を続けていき、どんなに時間がかかっても、神通力を回復させるほどに活躍してくれると確信した。

『解ったわ。それじゃ、ヒロくんのお望み通りに。これから眞花ちゃんの魂を呼び戻しに行きましょう。ヒロくんも付いてきて説明してあげてね』

 ヒロの額に野球の神様の人差し指が触れると、意識が遠のいてしまい、二人の姿が忽然と消えた。野球の神様が手にしていた球が落ちて地面に弾むと、時が動き始めた。

   ●○●

 ヒロは空中を漂っていた。球を後頭部が直撃した後に陥った時と同じ感覚と光景。

「あ、おにーちゃん!」

 聞き慣れた声がした方に向くと、そこには――

「眞花ちゃん!」

「どうして、おにーちゃんがここにいるの?」

「ここにって?」

「だって、ここは眞花の夢の中だよ」

 確かにそう感じるのも仕方ないと体験者のヒロは思った。しかし、これは夢の世界では無く、死後の世界へ誘われているのである。

「あ、そうか。夢だから、おにーちゃんが出てきてもおかしくないんだ」

 だが、当の眞花は自分が死んだと一片も考えていないようだった。

「そうだ、おにーちゃん。今日の試合、がんばってね! あ、これは起きて、本物のおにーちゃんに言った方が良いのかな」

 そもそも、自分が頭を強打して意識を失ったことすら自覚が無いのだろう。いや、夢の出来事のままで良いのだ。

「そうだね。眞花ちゃんが目覚めるのを待っているよ」

 ヒロは優しく笑いかけると、眞花も笑顔で返した。

「そうだ! 折角おにーちゃんとの夢を見てるんだから……。おにーちゃん、ちょっと屈んで」