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正しいフォークボールの投げ方

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ゲームセット〜フォークボールをまた投げる日〜



 ヒロと沙希は、市内にある病院の廊下を走っていた。

 痛みが奔る肘の治療の為では無く、ある人物に逢う為に。

 試合が終わった後、ヒロは手にオオシマから渡された球を握り締めながら、観客席に居るはずの少女を探していたが、見つけられなかった。

 そこへオオタが話しかけてきたのであった。

「おい、モトスギ。オマエの知り合いの子の名前は、なんだったかな?」

 普段あまり会話をしたことが無い寡黙なオオタからの意外な問い。

「え、眞花ちゃんのことですか?」

 ヒロが探している人物でもある。

「ああ、眞花ちゃんという名前だったな」

「眞花ちゃんが、どうかしたんですか?」

「ああ、試合中だったこともあって、黙っていたんだが……。その子をな、病院で見かけてな」

 唐突かつ衝撃的な内容に「えっ!?」と一驚をあげ、上ずった声で詳細を求めた。

「ど、どういうことですか、それは?」

「オレがこっちに向かおうとした時に、担架に乗せられて運ばれてきたんだよ。お袋さんらしき人も側に居て、泣きながら必死に声をかけていて、ちょっと只ならぬ様子だったな」

 ヒロは唐突に再び観客席の方を見渡した。

 オオタが見た人物が人違いであって欲しいと願いつつ、この中に居るはずの眞花を探した。 しかし、見当たらない。

 そもそも眞花は、試合が終わったら真っ先にヒロの元へやって来てくれていた。ましてや今日はプレーオフの進出が決まる重大な一戦。

 野球が大好きな眞花なら観戦に来て、ヒロたちを応援してくれているはずである。それなのに未だ顔を出していないのが、オオタの見間違いで無いという可能性が高まる。

「オオタさん! その病院は何処ですか?」

 無意識の内に大きな声を発しながら、オオタに詰め寄っていた。
 ヒロの態度がおかしいことに気付いた沙希がやってきて、事情を聞くと否や、

「モトスギくん。今すぐ病院に行きましょう! 私も行きますから!」

 こうして、ヒロと沙希は眞花が搬送されたという病院に向かうことになったのだ。

 ついでにワダも怪我の治療で付いてきているのだが、着いて直ぐに走りだした二人から置き去りにされていた。

 ヒロたちは受付で眞花について訊ねて事情を説明すると担当者が答えてくれた。
 やはり担ぎ込まれたらしく、今は手術中だと応じてくれた。

 眞花に何か有ったと知ると、二人の身体は重い岩を背負わされたみたいに重くなり、動悸が激しく打つ。二人は手術室に向かい最中、手術したとしても大事で無ければと、願わずにいられなかった。

 手術室前に辿り着くと、そこには眞花の母親が青白い顔を浮かべてベンチに座っていた。

「眞花ちゃんのお母さん」

 沙希が声を掛けると、母親はこちらを伺うと不安に包まれた表情が一瞬和らいだ。

「あ、タチバナさんにモトスギさん。どうして、こちらに?」

「先輩が、偶然眞花ちゃんが運ばれている所を見ていたそうで、それを聞いてすぐに向かったんです」

「そ、そうなんですか……。わざわざ、すみません……」

 母親の震える声は、今にも消え去りそうに小さな声だった。

「眞花ちゃんは、どうかしたんですか?」

 ここまで来れば、自ずとと答えは見えてきている。だがヒロは改めた問い合わせた。

「実は娘が……モトスギさんたちの試合観戦に行こうとした時に、家の階段から滑り落ちてしまって……頭を強く打ってしまって……意識を、失ってしまったんです……」

 母親は声を震わせ、話しの途中で涙を溢れさせながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「そんな……」

 息を飲むヒロ。ヒロの世界でも頭を強打して、打ちどころが悪ければ脳溢血などで命が奪われてしまう。現にヒロ自身がそうだった。

 この世界に来てしまった要因は、野球部の打球が後頭部に直撃してしまい、絶命したからである。その嫌な思い出と共に痛みが甦ってしまい、自ずと後頭部をさすった。

「それで、眞花ちゃんは? 眞花ちゃんは大丈夫なんですか?」

「解りません……。今、こうして緊急手術を行なっていて、まだなんとも……」

 沙希は自分の悲壮な阿吽をこぼさないように口を右手で覆っていたが、瞳には涙が漂っていた。

 ヒロは手術室の扉を見つめる。扉を上には【手術中】という標示灯に明かりが点いている。三人は無事を祈りながら見守るしか出来なかった。

 やがて標示灯が消灯し、扉が開くと一人の医師が出てきたのである。すかさず母親が駆け寄った。

「先生! 娘は! 娘は大丈夫なんですか!?」

「フジサキさん、落ち着いてください。ひとまず頭の中に溜まっていた血を排出し、適切な処置をしましたが、ただ……。まだお嬢さんの意識が戻っておりません。まだ余談を許さない危篤の状態です」

「そ、そんな……」

 全身の力が抜けて、崩れ落ちてしまうのを沙希が支えると、代わりに訊ねた。

「すみません。眞花ちゃんは、眞花ちゃんは助かるのですか?」

「それは一概に言えませんが……。我々は最善を尽くしました。あとは、お嬢さんが意識を取り戻すのを祈りましょう」

 医師は遷延性意識障害(植物人間)の可能性を示唆しようとしたが、不安を仰ぐことになるのであえて伏せた。そして手術室から看護師が寝台車を慎重に押して出てきた。

 ベッドの上には眞花が眠らせており、頭には包帯が巻かれ、呼吸マスクが着けられていた。

 痛々しい眞花の姿にヒロたちの頭の中が真っ白になってしまい、その場に立ちすくんでしまった。看護師の一人が母親の元に近寄ってくる。

「お母様ですね。娘さんを集中治療室の方に移動させますので、親御さんはどうぞこちらに」

 母親は看護師に先導されて、眞花が眠る寝台車の後を震える足取りで付いていく。

 ヒロと沙希は部外者でもあるため、帯同するのは失礼だと思い、その場に留まっていた。

「眞花ちゃん……」

 遠ざかっていく少女の名前を、力無く呟くヒロ。

 その手には眞花に贈るつもりだった、今日の試合で使用した球を潰すかのように強く握りしめていた。

   ●○●

 ヒロは、待合室のベンチに一人座っていた。沙希は眞花のことをイナオたちに連絡する為に席を外していたのであった。

 突然の出来事に茫然自失となっており、何も考えられずにいた。

――コツーン

 握っていた球が落ちて転がっていく。ヒロはそれに気付かず、拾う素振りもしなかった。

「眞花ちゃん……」

 するとしたら、名前を呼ぶだけだった。

 ヒロが野球を真剣に取り組み始めた切っ掛けは、眞花が自分のファンだったから。

 彼女にカッコイイ所を見せようとして、笑顔が見たくて、必死にフォークボールを習得して頑張ってこれた。まだ眞花が永遠の眠りに就いた訳では無い。

 だがヒロの胸中に、どうしようも無いほどの不安が覆っていた。ピクリとも動かなかった眞花が、後頭部を打って卒倒した自分と重なって見えたからだ。

 なんとかして眞花を助けたい。自分を勇気付けさせてくれた眞花を。ヒロは願う。

「あっ……」

 ふと、ある考えを思い付く。

「神様! 野球の神様! 居るんだったら姿を現してください!」