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正しいフォークボールの投げ方

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第六球 本物のフォークボールは揺れたと思ったら消えるように落ちる -5-




 ヒロがベンチに戻ると、イマミヤたちが明るく迎い入れる。走者を出したものの、恒例となった奪三振ショーで重くなった雰囲気を吹き払ったのである。

「流石、ヒロ! お見事!」

 イマミヤが右手を上げると、ヒロもつられて手を上げてハイタッチ。

――ピリッ

 すると、ヒロの右肘に電気のような痛みが奔ったのである。痛みで僅かに歪んだヒロの表情に気付くイマミヤ。

「どうかした?」

「あ、いや。なんでも……」

 軽く右肘を擦るヒロ。
 早朝のグランドで痛みを感じた場所であった。今は僅かではあるが痛みを感じてしまう。突然かつ謎の痛みに気を取られていると、

「よっし! ヒロ、後は任せておけ。絶対に塁に出るからな!」

 ウチカワがまるで自分自身を奮い立たせるように声をかけてきた。

「ああ。期待しているよ、ウッチー!」

 少し痛みを感じるだけで大した問題では無い。今は試合に勝つことの方が大事だと、ヒロは試合の方に集中することにした。

 六回裏、大府内高校の攻撃。先頭に戻り、ウチカワから始まる打線。

 ムラタは先ほど安打を打たれたウチカワに対し、いつも以上に力を込めて投げてきた為に、制球が乱してしまい四球で歩かせてしまった。

 そして二番打者のツチヤは、最初からバットを横に構えて犠打(バント)を行う姿勢を取った。

 無視一塁、一点差。ここは走者を得点圏……二塁に送るのが定石の戦法である。

 もちろん織恩高校も進塁させてピンチを作りたくは無かった。

 ムラタは唸りをあげる豪速球を投げ込み、ツチヤに安々と犠打を決めさせない。ツーストライクに追い込んだものの、ツチヤは犠打の構えを解かなかった。

 その状態で、犠打で打球がファールゾーンに転がってしまったら、スリーストライクとなりアウトになってしまう。

 大府内高校……ミハラは、ツチヤがヘタに打つより、球を転がせる可能性が高いと判断した為だ。

 ツチヤは三打席も立ち、ムラタの速球を充分体験し慣れてきている。しかも相手は六回も投げており、若干ではあるが球速の方が遅くなっていると感じていた。

 ムラタが渾身の直球を投じる――ツチヤはなんとかバットに球を当てるも勢いを殺すことは出来ず、思った以上の速さで転がってしまう。

 マウンド付近に転がってきた球をムラタが自ら取ると、一塁では無く二塁へと投じた。

 が、送球が上ずってしまい、遊撃手のミズカミがジャンプでかろうじて捕球したが、二塁から足が離れている状態でウチカワが滑り込みセーフとなってしまった。そして、犠打をしたツチヤが一塁に駆け込み、オールセーフ。

 ムラタに痛恨の失策(エラー)が出てしまったのである。

 一塁に落ち着いて送球していればツチヤはアウトに出来ていたかも知れないが、やはり得点圏(二塁)に進めさせたく無かったのと、転がった球が速かった為にウチカワを二塁でアウトに出来ると判断した為に取った行動でもあった。

 それを織恩高校の選手たちは理解しているが、無死一塁、二塁の状態になってしまったことに危機感を抱いた。

 相手がピンチなら、大府内高校はチャンスである。

 流れは、大府内に来ていた……が、次の打者はこれまで二打席連続三振に倒れているノムラである。

 ミハラは今日のムラタと合っていないと感じ取っていた。ここも犠打で走者を進塁させた方が確実ではある。そう決断してサインを出そうとすると、

「監督……」

 突然背後から声をかけられて、ミハラは思わず身体をビクつかせた。

「だ、誰……オオタ!」

 振り返るとそこには、肋骨にヒビが入って入院しているはずのオオタが立っていたのである。

 ミハラだけではなく、ベンチにいる全員がオオタの出現に驚く。

「オオタ、なんでここに?」

「試合に出る為です。医者からも一打席ならと、許しを貰ってます」

「だが……」

「大丈夫です。痛み止めの注射を打って貰ってますから、痛みはありません。行かせてください。ここに来る途中に身体を動かしてきてます。いつでも行けます」

 普段、寡黙な男からの熱い嘆願。

 怪我人ではあるが、オオタの実力は充分に知っている。問題は、まだ怪我が完治しておらず、暫く実戦から遠ざかっていること。

 だが、これまでの実績と経験や勝負強い打撃を踏まえると、オオタの打撃を頼りにしたくなる。

 ミハラは、オオタの瞳を見つめる。何かを信じたくなる闘志を宿した戦士の瞳である。

「……解った」

 ノムラが名誉挽回すべく気負い過ぎて打席に入ろうとすると、タイムが宣告された。

「大府内高校、選手交代をお報せいたします。ノムラくんに代わりまして、オオタくん。バッター、オオタくん」

 代打を告げるアナンスコール、誰よりもノムラが驚いた。

「た、タクさん!?」

「ノムケン。後は任せろ」

 オオタは言葉少なに声をかけると、打席に入っていく。

「はい、お願いします……」

 ノムラはそう言い残してベンチに戻り、ヘルメットを取らずに応援をし始めた。

「タクさーん! 頼みましたよ!」

 声援を背にオオタは静かに構え、ムラタを睨み付けた。

「ふん。怪我したヤツに、俺の球が打たれてたまるか!」

 ムラタは息巻きながら投じた渾身の直球がミットに突き刺さる。

 微動だにしないオオタ。

 痛み止め注射を射って貰っていたが、ここまで走ってやってきた所為か患部に痛みがズキズキと感じていた。

 医者からは一打席と言われたが、一振りをするのも厳しい状態だった。だが、打つしかないのだ。

(静かにしろ……)

 ツーストライクと追い込まれたが、オオタは極限までに集中する。いつしか周りの声が全く聴こえなくなり、痛みが消えた。

 ムラタが投球に入る……すると、その動きがスローモーションのように見えたのである。

 投じられた球もまたゆっくりと進んでいき、内角の直球を無駄の無いスイングで捉え、

――カッキィィィーーーン!

「この音が聞こえねぇだろう」

 芯に響く心地良い音を轟かせると、球は高々と翔んで行き、フェンスを越えていった。

「逆転、スリーーーラン、ホーーームラン!」

 観客、大府内高校の部員一同は両腕をあげて絶叫し、痛みに耐えつつゆっくりと塁を周るオオタを称える。

 ベンチに戻ってくると、真っ先にノムラが涙目になりながら迎えた。

「タクさん! ナイバッチでした!」

 逆転打を放った救世主に次々と称賛を浴びせ、

「オオタ。最高の仕事だったぞ!」

 最後にミハラが声をかけると、オオタは無言の笑顔で返した。

「よし! この勢いに続け! オオシマ!」

 ノムラが音頭を取り、四番打者のオオシマを鼓舞したのであった。

 オオタは痛みを感じる患部を手で抑え、ベンチの端に座った。最高の仕事を果たして、充足感はあったが、まだ試合は終わっていない。

「オオタさん、怪我が痛みますか? 痛むんでしたら、保健室に……」

 沙希がオオタの様態を案じるが、オオタは右手を挙げて言葉を遮る。

「いや、いいよ。ここで最後まで見るよ」