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正しいフォークボールの投げ方

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 彼の長所はイナオほどではないが、制球力の良さである。だが、大舞台の前に緊張で身体が思う通りに動かずに、持ち前の制球力が定まらず、先頭打者を四球で出塁させてしまう。その後、犠打(送りバント)と内野ゴロの間に走者を三塁まで進塁されてしまった。

 そして、次に迎える打者は――

『四番、セカンド、オチアイくん』

 アナンスコールが響くと、織恩高校を応援している人たちが集まっている左翼席から一際大きい歓声が上がった。

 試合を行なっている場所柄、大府内高校を応援する人たちが多く、織恩高校に取ってはアウェーではあった。それに伴い織恩高校のベンチは最下位を阻止するために、全員がピリピリとしており、大府内高校とは別の緊張感が漂っていた。だが、その中でオチアイだけは、のほほんと自然体でいた。

 恐らく全選手の中で唯一、いつもと同じように平静であろう。ちょっとした感情の変化や身体に余計な力みを感じていると、打撃(バッティング)のズレの要因になるとオチアイは知っている。だからこそ平常心……冷静でいることが大切なのである。

 オチアイは悠々しく右打席に入ると、左足で地面を掻き分けて足場を馴らした。そして、バットを持った両手を身体の真正面に掲げて、ゆったりと構えた。

 その姿はまるで、神主がお祓いをする姿に似ていることから、神主打法と呼ばれる構えだった。この所作は余計な力みを取るためのものであり、今オチアイは出来る限り力を抜いている状態であった。

 打席に入ったオチアイを一瞥するワダ。独特の打法とオチアイから醸し出される雰囲気に、イヤな気配を感じ取っていた。

(相変わらず打ちそうな気配をプンプン出して……。確か、これまでのオチの得点圏打率は四割をゆうに超えるんだよな。ヘタしたらナガシマより打ってるんじゃないのか?)

 チャンスにも強く、好打者であるオチアイ。生半可な配球や投球では打たれる気配が、ヒシヒシと伝わってくる。

 作戦として敬遠も考えられたが、この世界では敬遠はあまり許されない行為であった。真剣勝負の場で逃亡というのは非礼だからである。しかし満塁策といった、あえて危機的な状況を作り出す行為に関しては是とする面があったりする。

(とはいえ、出来る限りクサイ所を突くしかない訳だが……。それに、去年オチと対戦した際は何処と無く内角を苦手にしていた。ならば……)

 ワダはサインを出し、タカハシは頷き投じる。コースの際どい所……むしろ四球になっても良いぐらいの所に投げさせる、といった少し逃げの攻め方ではあった。

 しかし、ワダの要求した内角低めに外したコースではなく、僅かだがストライクゾーンに入る。

(やば……!)
――一閃の光が奔った!

 オチアイは脇を畳み締めて、しなやかなムチの如くスイングされたバットで球を捉え、弾き飛ばした。

 打球はスピードに乗って飛翔し、織恩高校を応援している――左翼席へと飛び込んだ。

『ツーーーラン、ホーーーームラーーーンッッッッ!』

 観客が騒ぎ立つ中、オチアイは打球の行方を水に淡々と塁を周る。ワダはマスクを被ったまま、本塁に帰ってきたオチアイに話しかけた。

「ワダさん。早くイナオさんと対戦させてくださいよ」

 挑発的な言葉を残すと、再びベンチへと戻っていった。

 ワダはちらりと自チームの見ると、既にイナオはキャッチボールを始めていたのである。

「これは思った以上に早い内に、サイちゃんの出番があるな……」

 その後、ワダの心配事が的中する。

 タカハシは本塁打を打たれたショックが抜けきれぬ中、次打者のアリトウに痛烈な中前安打(センター前ヒット)を打たれてしまう。

 これ以上打たれてはいけないと、自分を諌めるタカハシ。もう一点を取られてしまえば致命的になるのは重々承知だ。

 だから、より慎重になり過ぎてしまい、タカハシはいつもの自分の投球が出来ずに制球を乱し、六番打者には四球、そして次打者には死球を与えてしまったのである。二死ながら満塁の状況。

 オチアイに本塁打を打たれてしまった痛手と、負けるとプレーオフ進出が絶たれる重圧が伸し掛かり、タカハシの心は茫然自失寸前となっていた。

 ワダはベンチの方を向き、腕を組んでいるミハラ監督を見つめる。

(出し惜しみは無く……と言ったのは自分だ。だったら、先発はイナオに任せれば……。いや、イナオですら打たれる時は打たれる。だが、今となっては後の祭りだな)

 ミハラはベンチから出て、タイムを取り主審に選手交代を告げたのである。

『ピッチャー、タカハシくんに代わりまして、イナオくん。ピッチャー、イナオくん』

 重い雰囲気の中、アナンスコールに呼ばれたイナオがマウンドに上がった。

 投球練習した後、ワダがマウンドに駆け寄る。

「大丈夫かい、サイちゃん?」

 これまでの連投による体調を気遣いつつ、先ほど受けた球の感触が思った以上に良くは無かったと意味が含まれていた。

「万全では無いけど、なんとかするしかないね。いつも通りに」

 ワダは軽い笑いで返し、

「そうだな。頼りにしているよ、サイちゃん!」

 信頼の言葉をかけて、守備位置に戻っていく。

「さぁー、行くぞー!」

 イナオが全体に声をかけると大府内部員たちは呼応して叫び、気合を入れ直した。

 この日まで連投に継ぐ連投でイナオの肩や身体は重く、変化球のキレも速球もイマイチだった。

 だがイナオは、毎日何百球もバッティング投手として務めていた経験があり、どんなに疲れ果てたしても制球力が乱れない術を会得していた。それと、お得意の洞察力。これら抜群の制球力と洞察力で、疲労で思わしくない投球をカバーするしかなかった。

 二死満塁のピンチの状況だったが、七番打者のミズカミを内角のスライダーを引っ掛けさせる三塁ゴロに仕留めて、難無く切り抜けたのであった。

 すぐさま同点に追いつきたい大府内高校、一回裏の攻撃。

 オオタの怪我により、不動の一番を務めていたノムケンが三番に変更となっていた。その代わりに一番は、ウチカワが任されていた。

「見てろよ〜!」

 やる気を漲らせて右打席に入るウチカワ。

 織恩高校のエース・ムラタは、足を高々と上げ、斧を振り下ろすかのように力強く腕を振り抜くと、唸り上げる豪速球がミットに突き刺さった。

 今まで体験したことがない速い球に、ウチカワはバットを微動だに出来なかった。

「これが、織恩高校エースの球ってか……」

 ムラタの球は非常に速いが、その分制球を犠牲にしているようで、荒れ球であった。ウチカワはフルカウントまで粘るも、球威に押されて力の無い右飛(ライトフライ)に倒れた。

「痛っ〜」

 手を痺れさせてベンチに戻る途中で、ネクストバッターズサークルに居るノムケンことノムラが呼び止めた。

「ウチカワ、どうだった?」

「もう、とてつもなく速いすわ」

「そんなの傍から見ても解るよ。よく来ていたコースとか変化球は?」