小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

正しいフォークボールの投げ方

INDEX|46ページ/63ページ|

次のページ前のページ
 

 ヒロは、自分右手を広げて見つめる。手の平はマメとか出来ていてボロボロだ。特に人差し指と中指の内側の皮膚が堅くなっていた。何千球とフォークボールを投げてきた証明である。

「とりあえず、今日の試合は勝たないと」

 右手を握り締め、改めて決意するヒロ。その横顔は戦士のように凛々しく、勇ましかった。

『やる気満々ね』

「そりゃ、自分もスポーツ選手だからね。優勝を目指すのは当然だよ。それに優勝しないと元の世界に戻れないんでしょう。神通力を回復するためには活躍と結果を残さないといけないんだよね?」

『えっ…。ああ、そうね……』

 少しだけ視線が泳ぐ野球の神様。何かを隠すかのように、別の話題を振る。

『そ、そうだ。ねぇ、ヒロくん。野球は楽しい?』

 然りげ無く何気ない問いに、ヒロは暫し考えてから口を開く。

「んー、そうだね。外側で見ていた時は何が面白いんだろうと思っていたけど、実際にプレイして、ルールとかを知ったら段々とね……。

 それに三振を取った時のあの快感はスリーポイントを決めた時と同じ感じだったし、イナオさんが言っていたことも解るよ。まだまだ投げていたい。プレーオフに出場して勝って、そしてグロリアスシリーズでも」

 ヒロはそう言うと、大きく振りかぶりトルネード投法でシャドーピッチングをやって見せた。当初と比べて安定したフォームで、振りぬく腕もスピードが乗っている。

 だが、その時だった。

――ピリッ!

 ヒロの右肘に、微かだが電気が走ったような痺れる痛みを感じたのである。左手で痛みを感じた箇所を優しく擦ってみたが、特段痛みは感じなかった。

 訝しい所作を行うヒロに思わず野球の神様が気に掛かる。

『どうしたの?』

「あ、いや……別に……」

 ヒロは軽く腕を振って見せるが、今度は痛みが走らなかった。

「なんでも無いです、野球の神様」

『そう?』

 ヒロの様子に少しばかり気になったが、本人の意思を尊重し聞き返さなかった。いつまでもグランドに居る訳には行かないので寮に戻ろうとすると、

「あっ、モトスギくん!」

 突然の大きな声に呼びかけられて、ヒロと野球の神様はビクッと身体を上ずらせた。その声から主は解ったのだが、確認がてら振り返るとそこには沙希が、こちらに駆け寄っていた。

「もう、何しているのよ!」

「目が冴えちゃって、ちょっと身体を動かしにと、マウンドを確認をね」

「もう。しっかり寝て疲れを取らないといけないのに。モトスギくんは、イナオさんの次に疲労が蓄積しているんだから」

 野球の神様と同様の小言に、ヒロは頬が緩んでしまう。

「大丈夫だよ。そんなに身体は重くないし、疲れも別に……」

「それでも少しでも休まないと! ほら、寮の朝ご飯まで、布団に入って横になっていなさい!」

 沙希はヒロの背中を押しては、帰寮を促す。強引な後押しをされる中、ふと疑問に思ったことを訊ねた。

「そういえば、タチバナさんはなんで此処に?」

 偶然出会った素振りだったので、ヒロを探しに来たとは思えなかった。

「実は私も興奮してよく眠れなくて……。それで、グランドの石拾いでもしようかなと思って」

「だったら、自分も手伝うよ」

「ダ〜〜メ! モトスギくんはウチの重要な戦力なんだら。体力は温存しとかないと!」

 沙希の気遣いに、それだけでも疲労は吹っ飛んでしまうような気になる。だけどここは仕方なく従い、寮の自分の部屋に戻ることにした。

「解ったよ。それじゃ、タチバナさんも無理はしないでね」

 沙希は野球部のマネージャーとして、ヒロたちに付きっ切りで世話してくれていた。沙希も疲れてはいない訳ではないが、自分の仕事は部員たちが心置きなく野球に集中するためにサポートすることである。グランドに石が落ちていたら、それが失策(エラー)の原因になるかも知れない。自分の仕事を全うすることで、ヒロたち部員の助けになっていると、喜びがあった。

「うん。これが私の仕事だからね!」

 沙希はヒロが寮に帰るのを見届けてから、

「今日の試合、勝ったら……。私が幼い時に見た夢の投手が、モトスギくんと同じ投げ方をしていたのを話してみようかな。それで……」

 ポツリと呟き、沙希の頬がほんのり朱に染まっていた。沙希が野球に興味を持った切っ掛けとなった夢。時が経つにつれて朧気になっていた内容だったが、ヒロがトルネード投法を見た時に鮮明に思い出したのだ。あの時、夢で見た投手の投げ方と同じだったのである。カッコイイと憧れを持った投手の姿。

「よし! がんばろう!」

 自分に気合を入れて、グランドを舐めるように確認しにいった。

 そんな沙希の独り言を野球の神様は聞き取っており、にやけた口を手で覆い隠していた。

『あらあら……これはヒロくん。なおさら負けられないわよ。それに、私もまだまだヒロくんが投げている所が見ていたいしね……。やれやれ、私もヒロくんのファンになっちゃったかな』

 茶目っ気たっぷりに笑うと、晴れゆく霧と共に姿を消したのであった。

 日本もとより世界中の神様は、古来より祭りや催し物が大好きである。そもそも祭りの語源が祀りであり、神を奉ったのが初めとする。

 しかも、この世界での高校生と云えど、才能溢れる選手たち揃いで毎回好勝負の試合が繰り広げている。これらの試合を何度も見れるのは、常に心が踊った。

 野球の神様としては、この世界はとても居心地が良かったのだった。