小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

正しいフォークボールの投げ方

INDEX|45ページ/63ページ|

次のページ前のページ
 

第六球 本物のフォークボールは揺れたと思ったら消えるように落ちる -1-



 グロリアスシリーズとは、この世界の高校野球における優勝決定戦のことである。

 地域によって四つの地区(東西南北)に分けられており、大府内高校が所属する地区は西部地区である。ちなみに大正義高校は東部地区。

(基本リーグ戦では同地区との高校との対戦が主ではあるが、別地区の高校と対戦する交流戦と呼ばれる交流試合が組み込まれていたりする。クジなどの抽選で対戦校が決まるので平等性に欠ける面はあるが、勝敗は地区成績に反映されてしまう)

 それで各地区でリーグ戦の勝率一位のチームが、グロリアスシリーズへと進出できるのだ。しかし、それ以外でも各地区の勝率二位同士でプレーオフが組まれ、勝ち抜いた二チームがグロリアスシリーズへと参加できるチャンスがある。

 全国の高校はグロリアスシリーズに出場し、優勝を目指しているのだ。

 大正義高校と対戦した時の大府内高校のリーグ戦順位は、全体十二チーム中八位。リーグ戦中盤でこの順位は低く、優勝どころかプレーオフ出場できる二位も難しい位置にあった。だが、大正義高校との一戦を境に大府内高校は快進撃を果たす。

 その原動力となったのが、二人の殊勲選手。

 一人は、モトスギ陽朗。

 中継ぎとして並み居る強打者たちをフォークボールで三振に仕留めていき、大きな戦力としてチームの勝利に貢献して行った。

 未知なる変化球『フォークボール』は初見で打つのは難しく、ましてや中継ぎでの限られた出番しかなかったので、対戦を優位に立てていた。

 三振を難無く取っていくヒロの活躍に「ヒロが投げれば大丈夫」と言われるまでなっていき、不動の中継ぎエースの地位を築いていったのだ。また、ナガシマが新聞のインタビューでヒロやフォークボールを大袈裟に吹聴して回っており、その実力が誇張では無かったことで、ヒロとフォークボールは全国でも知れ渡るようになっていた。

 一ヶ月後には順位を五位に上っていた。

 好調の大府内高校だったが、途中で大きなアクシデントに見舞われてしまう。

 主力投手の一人だったカワサキが右肩痛を発症してしまい、戦線離脱してしまったのである。今季絶望の重症らしく、今年中に戻ってくることは出来ない。また、復帰した四年生のアラマキ先輩がたった一試合で肘痛を再発してしまいリタイア。

 そして打者の方でも、クリーンナップの一端を担っていたオオタが死球を受けて、肋骨にヒビが入る怪我をしてしまい、レギュラーから外れてしまっていた。他の選手たちも、何処かしら負傷をして身体を痛めており、満身創痍の状態であった。

 主力選手が抜けて戦力が低下してしまった大府内高校。ヒロのフォークボールだけでは挽回出来ない痛手であった。

 そこで、もう一人の殊勲選手・イナオ和久である。

 暗雲が立ち込める中で取った苦肉の策が、エース・イナオの連投だった。
 イナオは前の日の試合で先発して完投したにも関わらず、中一日で中継ぎや抑えとしてでも登板していった。もちろんヒロや他の投手たちも登板したのだが、イナオの実力と安定感はどの投手よりも抜きに出ており、自ずと出番が多かった。

 そんな厳しい起用法に対してイナオは、

「嬉しいんだよ。こうして頼られて、沢山投げられることが」

 笑って答えた。連投で疲労困憊しても、あっけらかんとした表情で何事も無く投げていく。ヒロたちだけではなく他校の選手たちも驚愕するイナオのタフネスぶりに“鉄腕”という呼称が名付けられていた。

「これも何百球も投げたピッチング投手をやっていたお陰だな。疲れても、制球が良く投げられるコツを掴んだから出来る芸当……いや芸“投”だな。だから、オレは毎日でも何百球でも投げられる。いや、投げていたいんだ」

 ヒロや大府内高校の部員たちは、獅子奮迅するイナオに敬意の念を抱き、

「エース・イナオさんが投げる日は負けられない!」

 と、選手一願となって、より一層試合に励み勝利して行ったのである。

 一ヶ月後、試合数も残り一試合だけとなった時点で、イナオとヒロの大車輪の活躍により大府内高校は二位へと上りつめていた。

 残念ながら一位は逃したものの、最終戦の試合に勝利すれば二位確定となり、プレーオフの進出が決まる。しかし、もし敗れたり、引き分けになったりすると三位に転落となってしまう。最終戦は負けられない一戦となった。

   ●○●

 最終戦当日の早朝。

 朝霧が立ち込める中、大府内高校のグランドのマウンドに立つ一人の人影が在った。正確に言えば二つなのだが、片方の人物は普通の人間には正視出来ないモノだった。

『どうしたの、こんな朝早くに?』

 野球の神様は、マウンドから本塁を静観していたヒロに話しかけた。
『ちゃんと眠れたの? 今日は大事な一戦だというのに、少しでも寝て体力を回復させないと』

「うーん、そうしたいのは山々なんだけど、やっぱり目が冴えちゃってね……」

 最終戦が迫っていて、平常心でいられる方がおかしい。ましてや今日は二位……プレーオフ出場を決める試合。こんな重大な一戦を初めて経験するヒロにとって、気負ってしまうのは仕方ない。バスケ部の大会ですら、三回戦進出が最高だった。

「今日の試合で負けちゃったら、これまでの頑張りとかが無駄になっちゃうし……緊張するはしょうが無いでしょう」

『イナオくんたちとかは、ぐっすり眠っているというのに。情けないわね〜』

「あの超人たちと一緒にしないでください。自分は普通の人間なんですから……」

 これまでのイナオの超ド級の活躍は、明らかに違う人種なのではと疑いたくなってしまうほどだった。

『普通の……。そうね、ヒロくんも半年前までは野球の素人さんだったのにね』

 情感を混じえて、野球の神様が呟いた。

 事故で命を失ったと思ったら野球の神様が現れて、特別サービスで甦させてくれた……ところまでは良かったのだが、目覚めたら異世界で、元の世界に戻るためには野球をしなくてはならなくて、ボロボロに打ち込まれたりして、フォークボールを投げられるようになって。

 これまでの出来事が次々と回想されていく。ヒロがこの世界にやって来て、三ヶ月が過ぎていた。短くも長くも感じる月日に夢のような気がした。

「本当……今でも信じられないよ。自分がここに立って、野球をしているなんてね」

『そうね』

 この状況の切っ掛けを作った張本人が、悪気無くさらっと答える。

『事故とは言え、ヒロくんをこの世界に落としてしまった時は、どうしようかと思っていたけど、なんとかなるもんね。ここまで活躍したということは、バスケの才能よりも野球の才能があったということかしらね』

 そう、ヒロは元々はバスケ部だった。それが最早遠い昔の事のように思えるほど、どっぷりと野球に漬かってしまっているのを改めて思い知る。

『でも、バスケをしていたから、何処か糧になっている所もあるんでしょうね。その長い腕とか指、肩の強さとかも幾分かは影響が有ったんじゃないかな』