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正しいフォークボールの投げ方

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 勝気な台詞と熱い瞳に、ヒロは思わずたじろいでしまう。

「とは言っても、今シーズンは大府内の試合はもう無いから、今度相見えるとしたらグロリアスシリーズだね」

「グロリアスシリーズ?」

 初めて聞く言葉にヒロが反応する。

「今度はワンちゃんと……」

 まだまだ何かを話そうとしてが、

「ナガシマさーん、バスがでますよー! ほら、速く行かないと。カワカミさんたちが待ってますよ」

 大正義高校の部員がお迎えにやってきて、ナガシマを連れ帰ろうとした。

「おっと、それじゃ僕はこれで。サイちゃん、モトスギくん。グロリアスシリーズで待っているよ!」

 そう言い残し、ナガシマは立ち去っていった。見送っていると、

「あ、眞花。こんな所にいたのね。ほら、速く帰らないとバスに乗り遅れちゃうわよ」

 眞花の母親もやって来たのである。

「えー! もうちょっと、おにーちゃんたちとお話しがいたよ〜」

「そうさせたいのは山々だけど、早く帰らないとお父さんがお腹空き過ぎて餓死しちゃうからね」

「ぶー!」

 眞花はフグのように頬を膨らませて抗議するがワガママは通らなかった。

「それでは皆さん。今日もありがとうございました。なんかボールを貰ったみたいで……。ほら、眞花。お礼は言ったの?」

「ちゃんと言ったよ! ねっ、おにーちゃん」

 ヒロは頷くも、母親は眞花の代わりにと頭を下げた。

「それじゃーね! バイバーイ、おにーちゃん!」

 眞花は母親の手を引っ張られてヒロたちから遠ざかっていく。片方の手には、ヒロがあげた球を大切に持っていた。

「さてと。オレたちも試合の後片付けでもするか」

「はい」

 ヒロがグランド整備に行こうとすると、

「モトスギー、ナイピッチングだったぞ!」

「面白いフォームだったけど、良い球投げるじゃねぇか。見直したぞ!」

「キャー、モトスギくん! こっち向いて!」

 帰ろうとしている観客から声援が送られてくる。

 たった一試合、一回好投しただけで、態度の移り変わりにヒロは内心畏怖した。イナオはヒロの気持ちを察し、心構えを説く。

「モトスギ。良い結果には、こうやって評価されるものだ。もちろん、悪い結果には悪いなりに悪評される。オレだってそうだ。

 だけど、その分、ファンは真剣に応援してくれるということでもあるんだ。自分以上に喜んでくれて、自分以上に悔しんで怒ってくれる。でも、観客の声にはあんまり気にするな。

 結局は、自分のパフォーマンスを最大に引き出して、良いプレーをするだけだ」

 ヒロはイナオの言葉を胸に深く刻みこむ様に頷いた。

 そしてイマミヤたちの整備に加わろうとすると、制服を着て眼鏡をかけた女子生徒とレンズが二眼もあるカメラを持った男子生徒がヒロの元に駆け寄ってきたのである。

「あ、モトスギくん。私たち大府内高校の新聞部です。今日の試合についてインタビューを貰いたいのですが、少しお時間を頂いても宜しいですか?」

「えっ!?」

 突然の申し出に、ヒロは新聞部やイナオの方を見返しながら右往左往した。慌てるヒロにイナオはにこやかにして、

「やれやれ。まあ、今日ぐらいはいいか。モトスギ、片付けはいいぞ。インタビューに協力してやれ。訊かれたことを答えてやるだけでいいからな」

 そう言い残して去っていた。

 お許しが出たようなので、新聞部の女子は肩掛けていたレコーダー機器の録音ボタンを押して、マイクをヒロの口元に向けた。

「それでは早速。ナイスピッチングでした。あのナガシマ選手を空振りにした変化球はなんですか?」

「えっと、それはですね。フォークボールって、言って……」

「フォークボール?」

 本日だけで何度も繰り返したやり取りをしつつ、ヒロはインタビューを答えていった。その光景を恨めしそうな目で眺めている人物が居た。

「おかしい。今日のヒーローは、サヨナラホームランを打ったオレじゃないのか?」

 オオシマだった。

 しかし、ヒロのインタビューが終わった後、新聞部は思い出したかのようにオオシマの元にやって来て、ちゃんと取材を受けたのであった。

   ●○●

 大正義高校の部員たちを乗せたバスの中。試合に敗れた為に重い雰囲気で包まれており、それを表しているかのようにカワカミは苦虫を噛み締めていた。良かったことと言えば、ハラの怪我が打撲程度で済んだのが幸いだった。

(抑えがウチのチームの最大の課題点ではあったが……。それが今回、思いっきり露呈してしまったな……)

 カワカミは今日の試合の敗因を振り返っていた。初めての代行監督として、いくら下級生のメンバー構成だったとは言え、試合に勝ちたかった。

(それに、あの一年生ピッチャーで流れが変わったのも大きいな……)

 ふと隣に座っているナガシマに声をかける。

「そういえば、ナガシマ。試合の後、あの一年と話していたな。なにを話していたんだ?」

「ええ。僕がブワッと空振りした魔球のことですよ。あの魔球の名前は、フォークボールって言うみたいですよ」

「フォークボール? 初めて聞く名前だな。そう言えば変化の仕方も、お前やヨシムラやナカハタの話しでも消えるように落ちるとか言っていたな」

 カワカミはフォークボールを体験した三人の話しを総合し、全く新しい変化球である理解した。

「で、今度は、そのフォークボールという変化球を打てるのか?」

「う〜ん、そうですね。今回は初めてお目に掛かりましたから、一打席では難しかったですが、ニ〜三打席対戦すれば打って見せますよ」

「そうか……」

 ナガシマの自信たっぷりの言葉に、カワカミは微かに笑みがこぼれてしまう。

「そうだナガシマ。そのフォークボールとやらを打てるとしたら、他に誰だと思う?」

「う〜ん、そうですね。多分、哲さんも二打席も立てば打てるんじゃないですかね。他だったら、エノモトくんやオチアイくん、ぐらいでしょうかね」

 挙げられた二人の名前を聞いた途端、カワカミは深いため息を吐いた。

「それはやっかいだな……」

 カワカミは自分が“打撃の神様”と称されていることは知っているし、その呼称に恥じぬほど打撃に自信を持っていた。

 そのカワカミから見ても、ナガシマやエノモト、そしてオチアイの打撃才能は自分より上だと感じている。そのレベルの選手でなければ、ヒロのフォークボールが打てないと、ナガシマは評したのである。

「もし大府内高校がグロリアスシリーズに進出してきたら、あの一年生ピッチャーは要注意だな」

 そう呟き、カワカミは新たに誕生した強敵を警戒したのであった。

 大正義高校、ましてや人気選手のナガシマたちを三振に取ったフォークボールは、印象的なトルネード投法も相まって話題となった。

 これを機にフォークボールが、この世界に広まっていくことになったのである。