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正しいフォークボールの投げ方

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第五球 投げるコースはど真ん中 -5-




 強敵の大正義高校に勝利し、ましてやサヨナラ本塁打で勝ったことで、未だ興奮冷めやらぬ部員たち。喜びの輪の中に居るヒロの元に沙希が近寄り、

「モトスギくん。初勝利、おめでとう!」

 祝福の言葉を投げかけた。

「え、初勝利って……?」

 これまで大府内高校は何度も試合をして、勝ったり負けたりしている。沙希の言葉の意味が判然しなかった。

「ほら、今の試合でモトスギくんが最後に投げていた投手だったじゃない。それでウチがサヨナラ勝ちをしたから、その勝利権利がモトスギくんに与えられているのよ」

 つまり、

「さっきの試合の勝利投手は、モトスギくんだよ」

「初勝利……」

 チームが勝利し、自分自身がしっかりと投球出来たことに充分満足だった。自分の初勝利に喜びや実感は沸かなかった。

 沙希の話しを耳にしていたイナオが話しに加わる。

「本当は初勝利記念にボールをプレゼントしたいところだが、ボールはフェンスの向こう側だし、今頃観客が持って帰っているだろうな……」

 基本、本塁打となった球は持ち帰っても良いとされている。そして選手が節目となる記録に関わった場合、記念として持ち帰っても良かったのだ。

この場合、ヒロの初勝利が該当する。人生に一度しか訪れない初勝利の記念として、イナオはわざわざ観客に事情を話して、球を返して貰うかと思案していると、

「おにーちゃん!」

 突然の呼びかけにイナオたちは声がした方向を振り返ると、バックスタンドの所で見覚えのある少女が手を振っていたのである。

「眞花ちゃん!」

 ヒロが少女の名前を呼び、眞花の元へ駆け寄った。

「観戦してくれていたんだよね。眞花ちゃんの応援の声が聞こえてたよ」

「うん、いっぱいいっぱい応援したよ。それに、おにーちゃん。すっごくすっごくカッコ良かったよ!」

 眞花の無邪気な笑顔と共に紡がれた言葉に、ヒロの胸中が熱くなる。

 前回の不甲斐ない結果にも関わらず、眞花はヒロのファンになり期待してくれた。ヒロに野球をする動機と頑張る切っ掛けを与えてくれた……言わば恩人のようなものだった。

「応援してくれて、ありがとう。今日のピッチングは眞花ちゃんのお陰だよ」

「そ、そうかな?」

 ヒロの感謝に疑問に思いつつも、子供ながら深く考えはせずに眞花は受け止めた。

「あ、おにーちゃん。はい、これ」

 眞花は自分の肩にかけていた小さなショルダーバッグの中から、一つの白球を差し出した。

「それは?」

「さっきオオシマさんが打ったホームランボールだよ」

「え!? どうして、これを持っているの?」

「眞花のところに、飛んできたのを取ったの」

 広い球場で数少ない本塁打球(ホームランボール)をゲットできるのは、かなりの幸運だ。しかも今日は、人気チームの大正義高校で普段よりも観客数は多かった。

 ホームランボールを取れる確率は、何千分の一。その幸運少女が、今目の前にいる。

「このボールは、おにーちゃんに届けにきたの。ハイッ!」

 眞花は幸運の証をヒロに向かって、弱々しい山なりで投げ渡した。

「おっと!」

 少し逸れたもののヒロは上手く捕球する。

「眞花ちゃん。なんで、これを自分に?」

「だって今日の試合は、おにーちゃんの初勝利だし。それに、あのナガシマさんから三振を取るなんて凄いよ! そのボールは、眞花が持つよりもおにーちゃんが持っていた方が良いと思って」

 ヒロは自分の手の中に白い球を見つめる。先ほども感じたが、勝ったのは嬉しいと思っているが、自分の初勝利には特別なことだと思っていない。

 フォークボールが投げられて、試合に勝った。それだけで充分だった。だからヒロは、

「眞花ちゃん。届けてくれて申し訳ないんだけど、このボールは眞花ちゃんにあげるよ」

 そう言って事も無げに、ボールを眞花に向けて放り投げたのだった。

「「えっ!?」」

 その光景に沙希やイナオが驚く中、眞花は無事にボールを掴み取った。

「おにーちゃん……良いの?」

「うん。自分がフォークボールを投げられるようになったのは、眞花ちゃんのお陰でもあるし」

「フォークボール?」

 眞花は謎の言葉が気になった。

 きっと眞花の頭の中で球にフォークが突き刺さったイメージをしているのだろう。イナオや沙希たちも初めてフォークボールの名前を知った時に、同様に思い浮かんだらしい。ヒロもまた幼少の頃に同じことをした。きっと誰もが通る道なのだ。

「ああ。ほら、ナガシマさんたちを三振を取った変化球のことだよ」

「へー、フォークボール……面白い名前だね」

「そ、そうかな?」

「でも、本当に貰っていいんですか?」

「遠慮なんかしないで良いよ。それに眞花ちゃんは自分の第一号のファンだから、自分が持つより大切にしてくれそうだしね」

「うん、ありがとう! 眞花、大切にするね!」

 お返しにと、とびっきりの笑顔がヒロに向けられた。ヒロと眞花のやり取りに周囲がほくほくとしていると、

「う〜ん、ファンとの交流。良いですね〜。やっぱり僕たち野球選手(ベースボールプレイヤー)は、こういうファンサービスを沢山した方が良いですよね」

 語りかけるように大きな独り言が聞こえた。

 振り返ると、陽気な表情をしたナガシマがヒロたちの背後に立っていたのだ。

「やあやあ、サイちゃん。相変わらず凄いスライダーを投げるね。危うく空振りする所だったよ。で……」

 イナオに挨拶をすると、ヒロの方に無邪気で熱い眼差しを向ける。

「いや〜、君がスギモトくんだっけ?」

「モトスギです。モトスギヒロです」

 微妙に間違っている名前を訂正して、自己紹介をした。

「おおう。それは失礼。ソーリ、モトスギくん。いや〜、あの変化球は素晴らしかったよ。目の前から、バッと消えるんだからね。ガッと打とうとしても、あれは打てないよ。サイちゃん、こんな良い選手、なんで今まで隠していたのよ?」

 ナガシマが最初に抱いていたヒロの評価は一変として高評価となっていた。ヒロそしてイナオもナガシマの褒め言葉に気を良くしてしまう。

「まあ、大府内(ウチ)の切り札だからですよ」

「なるほど切り札ね」

 ヒロから視線を外さないナガシマ。三振を取られた悔しさよりも、新しい強敵が誕生したことに心が踊っていたのである。

「モトスギくん。それでなんというの、あの変化球は? ワダちゃんは魔球とか言っていたけど、なんかカーブとかスライダーとかのネームはあるの?」

「あ、フォークボールです」

「フォークボール?」

 ナガシマの脳裏にフォークが刺さっ(略)

「面白い名前だね。なんで、フォークボールって言うの?」

「ボールを人差し指と中指で挟んだ時に、フォークで指したように見えるから、らしいですよ」

「ほお〜、そんな投げ方で……なるほど。やっぱり、いわゆるひとつの魔球ですね」

 大きく頷くナガシマ。本当に納得しているかと疑問に思ったが、これが“ナガシマ”だとイナオはヒロに視線を送ったのだった。

「なにはともあれ、今度対戦する時は、そのフォークボールを絶対打つからね!」