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正しいフォークボールの投げ方

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 球に変な傷やワセリンなどを塗り細工すると、尋常ではないおかしな変化する場合がある。そういったものをエメリーボールと呼ばれ、不正投球にあたるのだ。ヒロのフォークボールの変化は、それを疑うレベルのものであった。

 ナガシマは確認したが、変な傷などは無く、どこからどう見ても普通の球だった。

「チョーさん。やましい細工とかはしていませんよ」

 ワダの言葉を信じるよりも、確実の対策を取る。

「審判。とりあえず、ボールを交換してくれ」

 疑いあるものは排除した方が無難である。ナガシマの申し出の通りに、新しい球が主審からワダに手渡されて、すぐにヒロに投げ返した。

 カウントは、ツーストライク。遊び球はいらない。

 ワダは出鱈目なサインを出すと、ヒロは頷く。

 上半身を捻り、左足を高く上げる……既に見慣れた所作で投じられた球は、三度も同じ打ち頃のスピードで、ど真ん中へと進んでいく。しかし、この球がただの直球では無く、落下する変化球だと知ったナガシマは、自然とバットのスイング軌道がアッパースイングとなっていた。

 落ちる瞬間を叩く――

 が、ナガシマのバットのヘッドに掠っただけで、ファールチップとなった球はワダのミットに運良く収まった。

 またしても、振った勢いでナガシマのヘルメットが脱げ落ちていく。そして、

「ストライクバッターアウト!」

 審判が高々と宣告すると、周りはどよめきと歓声が響き渡った。

 ナガシマは呆然した表情で、ワダのミットに目を向ける。今まで味わったことが無い変化に、いつも飄々とした明朗なナガシマが困惑していた。

「ワダちゃん、今の球は?」

「ああ、魔球ですよ。チョーさん」

 不思議そうに眉を下げているナガシマに、ワダは茶目けたっぷり答えたが、

「なるほど」

 ナガシマは妙に納得して立ち去っていく。

(だけど、流石はナガシマ茂雄といった所か……。初対戦でフォークボールを掠るとは言え、当てるとは)

 ワダは心の中で称賛しつつ、フォークボールがナガシマのほどの打者に通用することが証明したことに沸き立っていた。

 一方カワカミは困惑していた。ナガシマの才能や実力を一番肌で知っている。そのナガシマがたった三球で三振したのである。ただの変化球では無いと感じ取っていた。

「ナガシマ、どうだった?」

 ナガシマがベンチに戻ってくると否や訊ねた。

「カワカミさん。あれは魔球ですよ。いわゆるひとつのマジックボール。打てないのは仕方ないですよ」

 ワダから聞かされたことをそのまま伝えたが、

「はぁ?」

 呆気に取られた声をあげた。むしろ、それが普通の反応だろう。ナガシマらしい突拍子の無い答えに溜息しつつ、カワカミはヒロの投球を先ほどよりも集中して注視した。

 次の打者、五番ヨシムラ。

「ストライクバッターアウト!」

 そして次の打者、六番ナカハタも。

「ストライクバッターアウト!」

 ヒロは全球フォークボールを投じて、三振に仕留めたのである。

 対戦した二人は、フォークボールの変化を目の当たりにして、暫し呆然していた。

 快“投”乱麻の結果に野次ばかりだった観客の声は、いつしか歓声と拍手に変わり、新星の如く現れたヒロを称えたのである。

 ヒロがベンチに戻ると、イマミヤたちが笑顔で迎い入れた。

「ナイピッチング! ヒロ君」

「よくやったぞ、モトスギ!」

 先輩からお褒めの言葉が贈られていると、一番最後に戻ってきたイナオが第一声で呼びかける。

「モトスギ、練習通りの良いピッチングだったな。後ろから見てて、安心して見ていられたぞ」

 ずっとヒロを応援し、協力してくれたイナオからの言葉に喜びもひとしおだった。

 二人の間にオオシマが割って入り、乱暴にヒロを撫でた。

「あのナガシマを三振にしたんだ。練習で俺たちを、九者連続奪三振にしただけはあるな」

 そう、ヒロは抜ける感覚(コツ)を覚えて、球が濡れていなくても同じように抜けた投げられるようになった。その後、フォークボールを完璧に習得してから、大府内高校の部員たちに投じていたのだ。

 ヒロに懐疑的だったオオシマを始めとする部員たちと対戦し、ほぼ全員を三振に切って取ったのであった。ちなみに三振を取れなかったのはウチカワだけだった。それでも安打ではなくて、ただの一飛(ファーストフライ)だったが、当たっただけでも喝采される状況だった。

 フォークボールの威力を、ヒロの実力を、遺憾無く発揮させて認めさせたのである。そして、今回の登板でヒロの汚名は完璧に返上された。

「さて、モトスギが好投したのなら、オレたちが不甲斐ない訳には行かないな」

 オオシマがヘルメットをかぶり、力強く素振りをし始めた。

 しかし、打順は二番のヒロから。

「あっ!」

 その事に気付いたマネージャーの沙希が声を漏らした。

 ヒロはウチカワと交代したので、二番に入れられていたのである。

 こちらの世界にやってきてからヒロは打撃練習をまったく行なっていなかった。当然、打撃に期待できない。最終回で、かつ二対一の一点差で負けている状況なのでヒロを打席に送ることは無い。ミハラ監督は立ち上がり、主審に代打を告げた。

 ヒロの代わりにツチヤ鉄平が送り出され、打席に立つ。

 大正義高校も投手が代わって、イシゲという二年生投手がマウンドに登っていた。

「ふー……」

 ヒロはベンチに座り、心地良い疲労を感じていた。

 交代されたので、これで試合に再度登板は出来ない。今回の出番は終わったのである。

 だが、まだ試合は終わっていない。沙希もイマミヤたちもベンチから声を出して応援していた。自分が良い結果を残しても、試合が負けてしまうのは後味が悪い。ヒロも応援に加わった。

「いけーー! テッペーーー!」

 その姿にバックスクリーンの天辺で観戦していた野球の神様は優しく微笑んでいた。

『ヒロくん、野球を好きになってくれたかな。それに、流れ変わったわね』

 神様は平等でなければならない。どちらの高校も応援していたが、やっぱりヒロが居る高校に応援の比重が多かった。

『さあ、バッター。まずは出塁しなさいよ!』

 ヒロと野球の神様の声援もあってか、ツチヤは内角コースに来た直球を打ち、右前安打(ライト前ヒット)を放ち出塁したのである。

 大府内高校のベンチは盛り上がる。

 だが、三番オオタはイシゲの直球を打ち上げてしまい、一死(ワンアウト)。

 次の打者は大府内高校の四番オオシマ。

 イシゲの直球は、今日の試合で投げたどの投手よりも速く、大きく縦に曲がるスライダーを武器にしていた。しかし、制球は今ひとつのようで、二球ともボールとなった。

 カウントはノーストライク、ツーボール。

 制球が悪い投手にとっては、スリーボールにしたくはない。確実にストライクが取れる球を投げるしかなかった。

 イシゲはセットポジションから自慢の直球を投じるが、それをオオシマは狙い定め、強く振りぬいた。

――カッキィィィーーーン!

 快然たる音と共に打球は高々と飛び上がり、一直線で左翼フェンスを越えていった。