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正しいフォークボールの投げ方

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第五球 投げるコースはど真ん中 -4-



 八回裏の大府内高校の攻撃も得点をあげることは出来なかった。選手たちがベンチから出て行き、守備位置に向かっていると、

「ピッチャー、イナオくんに代わりまして、モトスギくん。ピッチャー、モトスギくん」

 アナンスコールが球場に響くと、観客席からどよめきの声が聞こえてくる。

「だ、誰だ? モトスギとかいうヤツは?」

「前回ズタボロだった一年坊主じゃないのか?」

「変なフォームで投げるヤツか。なんだ、大府内は試合を捨てたのか!?」

「イナオ、何してんだ。エースのオマエが投げなきゃダメだろう!」

 これまで一失点で抑えているイナオを交代したこともさる事ながら、ヒロの無名かつ前回の登板内容を知っている観客から野次が飛ぶ。

 しかし、そんな声が聞こえていないのか、ヒロは気にする素振りを見せずにマウンドに上がる。

 その後ろには、イナオが付いてきていた。

「続きまして。センター、ウチカワくんに代わりまして、イナオくん。センター、イナオくん」

 アナンスの通りに、イナオは降板せずにウチカワの守備位置と交代したのだった。それを聞いた観客と大正義高校の部員たちが、またどよめいた。

「まあ気にするな、モトスギ」

 前回の登板から、かなりの期間が空いての登板。イナオはヒロが緊張していると思い、解きほぐそうと声をかけたが、

「え、何がですか?」

 至って平常でいるようだった。

「緊張していなければ、それで良いさ。練習通りに投げろよ」

「はい!」

 ヒロのハッキリとした返事と怯えがない瞳を見て、余計な心配だったとイナオは安心し、中翼(センター)に向かっていった。

 だがヒロは、まったく緊張していない訳では無い。しかし、一刻でも早く“あの変化球”を投げたい気持ちが強かった。それに――

「おにいーーちゃーーん! がんばってーー!」

 観客のどよめきと野次に混じって、少女の声が聞こえてきた。

 妹が居ないヒロのことを『お兄ちゃん』と呼ぶのは一人しかいない。

「眞花ちゃん。やっぱり応援に来てくれたんだ……」

 自分のファンと言ってくれた眞花のために、カッコイイ所を見せてあげたかった。球を握る力が一段と強くなり、より瞳に闘志がみなぎる。

「ん〜、誰なんです。彼は?」

 ネクストバッターズサークルで待ち構えていたナガシマが、マネージャーの男性に訊ねていた。マネージャーは敵状が記されたノートをパラパラと捲り答える。

「えーと、一年生みたいですね。登板記録とかは……前の試合が初登板みたいで、四球を連発して、ワンアウトも取れずに降板していますね。変わったフォームが特徴みたいです」

「大府内はそんな一年生を投げさせるのか? ウチらを舐めているとしか思えないな……」

 ナガシマの言葉に大正義高校の一、二年生のメンバーは――

『いや、ウチらも相手のことは言えませんよ……』

 心の中で盛大にツッコミを入れた。

「いや、サイちゃんと代わるほどだ。よほどの……」

 ヒロが投球練習を行っている姿を見て、独特の投法にナガシマは眉をしかめた。

「なんだ、あのヘンテコなフォームは!? 僕たちだけでは無く、野球をおちょくっているとしか思えない! よーーし! ガツンっと痛い目を合わせないといけないな!」

 ナガシマはヒロの投球にタイミングを図り、力強くバットを振った。一方、ベンチから様子を伺っていたカワカミは、ナガシマとは違う理由で眉をしかめていた。

(あの一年……。わざわざイナオと交代させるほどの投手なのか? それとも、あのおかしなフォームで投げている所を見ると、ただの撹乱させるために……)

 カワカミの視線はモトスギから、大府内高校のベンチのミハラ監督に移す。終盤で一点差で負けているとはいえ、敗戦処理をさせるには尚早である。何かあると踏んで警戒した。

 ヒロの投球練習が終わり、ワダがマウンドへ駆け寄ると、ミットで口を隠しながら話しかける。

「ヒョロ、練習通りにやれば大丈夫だからな」

 先ほどイナオから言われたのをワダも口にする。練習で出来ることが、試合で出来ない道理が無い。全てのスポーツで言えることだった。

「はい、解ってます」

「でだ、これからどんなサイン出しても、投げる球は全部“アレ”だぞ。いいな?」

「はい!」

「よし、頼んだぞ!」

 ワダは持っていた球をヒロに渡し、本塁……自分の守備位置に戻っていく。

 マウンドに一人残されたヒロは、一息吐く。そして、球場を見渡した。

 前回の登板ではまったく余裕が無く、こんな風に見渡すことは出来なかったが、今回は妙に落ち着いていた。なぜなら前回の登板みたいなことにならないと、ヒロは確信していたのである。

(あの球……フォークボールを投げれば大丈夫だ!)

 マウンドの中央に埋められている投手板(ピッチャーズプレート)を踏み、ヒロは構える。

 打席にナガシマが入り、バットを揺らしながら打つ準備が整っていた。それを見て主審は「プレイ」と試合を開始させる。

 ヒロは大きく振りかぶると、身体を背面へと捻り、左足を高く上げる。ヒロの独特の投げ方……トルネード投法にナガシマは戸惑うことは無かった。ただ投げられる球だけを打つ――ナガシマは集中はいつも通り……いや、いつも以上に研ぎ澄ませていた。

 トルネード投法で投じられた球は、打ち頃のスピードで、ど真ん中へと向かってくる。

――絶好球!

 ナガシマはバットを渾身の力を込めて振る。

――バットが球を完璧に捉えた!

 と思った瞬間、バットに手応えは無く、ナガシマの豪快に空振ってしまった。

 勢い良く空振りした反動で、かぶっていたヘルメットが脱げ落ちてしまう。ナガシマはスポーツ刈りの頭髪をさらしたまま、見失った球の行方を探す。球は本塁(ホームベース)上に転がっていて、ワダが急いで拾い取ろうとしていた。

 ど真ん中に来た甘い球を完璧に捉えて打った――はずだったのに、バットに球が当たった感触が無く空振りしていたことに、唖然とした。それは入団テストの時に、初めてフォークボールの変化を目の当たりしたイマミヤと同じような表情だった。

(変化したのか?)

 ナガシマは首を傾げつつ、落ちたヘルメットを拾い上げてかぶり直すと、次の投球に備えて構える。

 ヒロの第二球。先ほどと同様にトルネード投法で投じ、ど真ん中へと向かっていく。

 ナガシマは当然の如くと、打ちに出る。先ほどよりもしっかりと球を追いかけ続けて打とうとするが、突如目の前から球が消えるように落ちてしまい、また盛大に空振ってしまう。今度はヘルメットは脱げなかった。

「な、なんだ、あの落ち方は……」

 今起こった不可解な現象を呟く。

 球はまたしても地面に転がっており、ワダが拾おうとしていた。

「ワダちゃん、ちょっとそのボールを見せてくれ」

 ナガシマは普段の明朗な表情とは全く逆の険しい顔を浮かべていた。ワダから球を受け取り、マジマジと見つめる。