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正しいフォークボールの投げ方

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第五球 投げるコースはど真ん中 -1-




 天気は快晴。本日は絶好の試合日和だった。

 ヒロはイマミヤたち一年生グループと混じって試合の準備をしていたが、周りの雰囲気や様子がいつもと違うことにヒロは気付いた。

 漠然とピリピリして、緊張しているようだった。他の試合の日でも、そういった様相は少なからずあるものだが、その度合いがいつもよりも大きかったのだ。

 それに、観客の数も今まで一番多いと断定できるほどに多かった。試合が始まる一時間前だというのに、観客席のほとんどが埋まっている。ヒロがこちらの世界にやってきて初めて目にする光景だった。

 グランドにトンボをかけつつ、隣にいたイマミヤに声をかける。

「なあ、イマミー。イマミーもそうだけど、他の先輩たちも何か緊張しているというか、気合が入っているというか……。それに試合が始まっていないのに、こんなに大勢のお客さんが入っているし……」

「ああ。今日の対戦相手が、あの“大正義高校”だからだよ」

「大正義高校?」

 仰々しい高校名を言われても、まだこの世界についてさほど詳しくなっていないので判断に困る。

「高校は数あれど、その中で最強と呼ばれる高校だよ」

「最強!?」

「打撃の神様と称されるカワカミさんを筆頭に、ミスターベースボールのナガシマさんや本塁打記録を持っているキング・オウさんを擁する強打者ばかりで、投手陣も高校球界ナンバーワンと呼ばれる大エース・サワムラさんたちを要するチームなんだよ。どこのチームも、打倒大正義高校を掲げているからね」

「へ、へー。そうなんだ……」

 知らない人の名前を挙げられて、前の南海高校のノムラ克也を知った時と同じように生返事をしてしまう。だが、次々と呼称を持つ選手名を語られて、ヒロは少しだけたじろいでしまった。

 高校生で呼称を持つというのは滅多にない。少々大げさに言い過ぎていると思ったがイマミヤの熱く強い口調から、よほど強いチームだと解した。

 そうこうしていると、観客席から一際大きな歓声が上がった。大正義高校の選手を乗せたバスがやってきたのである。

 停車したバスの周りを大勢の人たちが囲い始めた。そして、バスの中から選手たちが降りてくると再び大きな声が上がったのだが、直後にざわつき始めたのであった。

 列を成してグランドに向かう大正義高校の選手たちの姿を見て、イマミヤを始めとする大府内高校の野球部員たちは唖然とした。すると大正義高校の選手の一人がこちらに……イナオの元に笑顔を浮かべて、歩み寄ってくる。

「どうもどうも、サイちゃん。元気?」

 気さくに声を掛けてきた男性の愛想の良い満面の笑顔は、まるでひまわりのように燦々と咲き誇っているように見えた。男性の挨拶にイナオは動揺混じりの質問で返す。

「チョーさん。これはどういうことですか?」

 チョーとは男性のアダ名である。本名はナガシマ茂雄。

「うん? どういうこと、とは?」

「そちらのメンバーですよ。三年生や四年生の上級生がカワカミさんやチョーさんだけしか居ないじゃないですか」

 ヒロは大正義高校の部員たちに視線を向ける。イナオが口にしたことの真偽を確かめて見るが、先ほど学校名を知った所だ。相手が下級生であるか以前に、誰が誰やら解らないので意味が無かった。

「ああ、そのことね。実はね、前の試合で延長戦になってですね。何というか、疲れが溜まってしまってね。いわゆる、ホリデーっていうやつ? 三、四年生の主力メンバーは、遠征に帯同しなかったんだよ」

 あっけらかんとした理由に「えっ!?」と一驚してしまうイナオ。しかしナガシマは、イナオの心情を違う意味で察して話しを続ける。

「大丈夫、大丈夫。僕は元気だよ。だけど監督に言われて、スタメン出場じゃないけどね。今日は主に一、二年生が出るからね」

「なっ!? チョーさん、ウチを甘く見過ぎてませんか?」

 上級生はどこのチームでも主力メンバーであろう。それが居らず、その代わりに下級生が出るというのは、大府内高校……イナオたちを舐められていると捉えられても仕方なかった。

「えへへ、そんなことは無いよ〜。ウチの一、二年生たちは他の高校だったら即レギュラークラスだよ。それじゃ、お手柔らかにね〜」

 憤慨させる発言を残してナガシマは去っていった。

 イナオや、二人の話しを聞き耳立てていた大府内高校野球部員たちは、瞳だけではなく、心にも敵愾心の炎が燃えたぎらせていた。

「イナオさん!」

 一人の部員がイナオの元に駆け寄ったくる。

「おお、カワサキの方の憲次郎か。どうした?」

「今日の先発はイナオさんですが、それをオレに任せてくれませんか?」

 カワサキは怒りを隠さずに直訴してきた。

「あんなこと言われて黙ってられませんよ! あちらがそう来るなら、ウチらだって同じことをしてやりましょう!」

「だがな、憲次郎。尚更、負けられないんだぞ?」

「解ってます、イナオさん。だけど、オレの呼称をお忘れで? 大正義高校キラーと呼ばれているんですよ。絶対に勝ちます。勝つピッチングをしてみせます!」

 カワサキは親指を立てて、自分の自信有りげの表情を差した。イナオもカワサキや他の部員の気持ちが解らない訳では無い。むしろ、自分の方が勝ちたい気持ちに溢れていたが。

「解ったよ。ひとまず監督には伝えておくが、最終決定は監督次第だからな」

「はい、お願いします!」

 カワサキは頭を下げる。背後にいる部員たちもカワサキと同じく『絶対に勝つ』という思いを一つにしていた。ふとイナオは、ヒロの方を向く。ヒロも真剣な眼差しをしていたが、他の部員たちと違って気負いを感じさせてはいなかった。

 ヒロの思いは、試合に勝つ負けるでは無い。ただ、この試合で登板したいという純粋な気持ちが満ちていたのだ。