正しいフォークボールの投げ方
第四球 要は、スッポ抜けろ! -3-
相も変わらずトルネード投法でフォークボールを投げるが、午前と変わらない球筋と変化の度合いだった。
入部テストの時や初登板の時に投じて見せたフォークボールが幻想だったのではと疑いたくもなる。だからこそ、イナオはあの時……テストの時のことを思い返しつつ、ヒロに改めて訊く。
「モトスギ。あの時……テストの時は、どうやって投げていた?」
「え? どうやって……。こうして球を挟んで……」
フォークボールの握りをイナオに見せる。
「いや、そうじゃなくて。投げた時だ。その時の投げ方と、今の投げ方はまったく同じか?」
「えーと……」
「テスト登板の時は、もっと球にスピードがあった。だけど今は、無回転や制球に気に留め過ぎていてスピードが無い。でだ、スピードを出すつもりで全力で投げてみろ!」
「は、はい。解りました!」
言われた通り速球を投げるために上半身の捻りを大きくし、引き伸ばされた筋肉が戻る反発作用の勢いに乗って、腕を速く振り抜いた。
投じた球は先ほどよりも速くなったものの、高く放り出されて、バックネットの最上部に当たった。
「それで良い、モトスギ。コントロールなんて気にせず、今のように投げてみろ!」
イナオは、テストの時と今を比べて、変な違いがあるのではと推測していた。違いが何であるかを見つけるために、集中してヒロの投球フォームを観察する。
三球ほど投じた後、イナオは違和感を見つけた。ヒロが球を投げる瞬間、腕の振りが不自然……ぎこちなくなるのだ。
「モトスギ。投げる時に何かをしているのか?」
「え、はい。無回転になるようにと、指から球が抜けやすくするために球を投げる直前に指の挟む力を緩めてます」
「それは、あの時でもそんな風に投げていたのか?」
「い、いいえ。あの時は、そんな余裕とかありませんでした」
「そうか……。だったら、原点回帰だ。出来る限り、テストの時と同じように投げろ!」
「テストの時と……」
初めてのトルネード投法で、初めてのフォークボールを投げた日。あの時は、ただ幼い頃に見た記憶を頼りに、見様見真似で投げただけだった。無回転や制球などを気にしてはいない。無我夢中で投げただけだった。
ヒロはその時と同じように投げ続けるものの、イナオのミットとは見当違いの場所に投じられていくばかり。コントロールもあったものでは無いが、イナオは是として強要する。
「それで良い。今はコントロールとかは気にするな! 速く投げることを意識しろ!」
イナオはフォークボールの変化をさせるためには、速度が重要だと直感していた。
「あの時は……。もっと強く挟んでいたような」
一方ヒロも、投げながら少しずつ思い出していく。そして制球が上手くいかない理由にも気付きだす。
挟んだ指から球が放れる時に引っ掛かりを感じていた。これが制球が定まらない理由だった。上手く指から球が放れないから、ストライクコースへと投げられるリリースポイントがズレてしまっていたのだ。
しかし……だからこそ球が放たれる直前に指の挟む力を緩めて、球が放れ易くしたのだが、全く制球は定まらなかったのである。
球を指で挟むんで握り締めて見つめていると、ポツンと雫がこぼれ落ちてきた。
小雨が降り注ぎだし、イナオが空模様と終了確認をする。
「雨が降ってきたか……。モトスギ、あと十球ぐらいにしよう。雨で肩を冷やしてしまうと怪我に繋がるからな」
ヒロも空を眺める。
あの日……入部テストの時も雨が降っていたことを思い出す。あの日と同じような状況になろうとしていた。
あの頃と違うのは、野球に接する態度。野球をまったく知らず、致し方なくやっていたのに、それが今となっては必死に取り組み、フォークボールを習得しようとしている。
思わずヒロは、自身の変わり具合にニッと笑ってしまう。これも全ては、たった一人の少女にカッコイイ所を見せたいがための単純な動機からだった。
ヒロは大きく振りかぶる。被っている帽子のつばから水滴が落ち、小さな雨の雫は服(ユニホーム)や手に持つ球も濡らしていた。
今まで最も強く球を挟み、トルネード投法の挙措を行うと、身体が戻る反発作用に任せるがままに勢い良く投じた。
「ッ!」
投げた瞬間、球が指から抵抗無く抜けたのを感じ取った。
球は無回転のまま直進していき、ホームベースの手前で急激に落下した。突然の変化に、イナオは球を見失ってしまいミットを動かせなかった。球は後逸し、転がっていく。
あの時……テストの時と同じ軌道の変化。イナオたちが衝撃を覚えた未知の変化である。
「モ、モトスギ! 今のだ! 今のをもう一回投げるんだ!」
イナオの叫びに似た呼びかけに、ヒロは呼応するように返事をして、直ぐ様カゴに入っている球を取った。間髪をいれず投球を行ったのである。
先ほどと同じように球は直進して落ちる。イナオはまた球を後逸してしまうが、捕球するのが目的では無い。
「よし、もっと投げろ! その感覚を忘れない内に、コツを身体に叩きこむように投げろ!」
一球でもフォークボールを投げさせるためにイナオの怒号が飛ぶ。もちろんヒロもそのつもりだ。
引き続き投球を行い、今までの苦労が嘘のようにフォークボールを投げて見せる。三度続けば、マグレ感はかなり薄まる。
今まで投げてきた中で、指から放れる時の引っ掛かり感が無かった。それ故に適度のリリースポイントで放れたれる要因でもあった。しかし、どうして引っ掛かりが無くなったのか疑問に思っていると、
『雨でボールが濡れているから抜けやすくなったのね』
答えがヒロの背後から突然漏れ聞こえてきたのである。しかも、その声に聴き覚えがあった。
振り返るとそこには、真っ白なドレスに身を包んだ女性が宙に浮いていたのだった。一目で普通の人間ではないと思わせる姿。ヒロはその女性を知っていた。
「野球の神様……」
自分の名前を呼ばれた女性は笑顔を返した。
『やるじゃない。フォークボールを投げられるようになって。だけど、イナオくんが言っていた通り。じゃんじゃん投げて、感覚を身体に刻み付けないと!』
久方ぶりに姿を見せたというのに、野球の神様は指導の声を飛ばす。確かにフォークボールを投げられた感覚を得ることも重要だが、今まで行方をくらませていたことも知りたかった。
「い、今まで、何処に行ってたんですか?」
『言ったでしょう。神様はいつだって、努力した人の近くに居て、微笑んでいるものなのよ』
以前、屋上で聞かされた台詞。
「それって……」
『ヒロ君が野球に対して興味を完全に無くしてしまったからね。力の供給源が枯渇しちゃったから私の姿を維持……まぁ、見せることが出来なくなったのね』
「供給源が枯渇?」
『前に言ったでしょう。私の神通力(パワー)の源は野球を奉納すること。こうしてヒロ君が野球に真剣に取り組んで、フォークボールを投げて見せてくれた。そのお陰で少しばかりはパワーが戻ったのね』
作品名:正しいフォークボールの投げ方 作家名:和本明子