正しいフォークボールの投げ方
「ああ。オレは、これでスライダーとシュートを投げ分けているんだよ」
「えっ! 本当ですか!?」
「ああ。意図的にどちらかの指に力を入れて、ストレートと同じように投げるだけだよ。人差し指に力を入れて投げたらシュート。中指に力を入れて投げたらスライダー、と変化させているんだよ」
簡単に言いのけてしまう、イナオの変化球講座。
「オレがピッチャーをやり始めた時は、まったく変化球なんて投げられなかったんだよ。しかも誰も教えてくれなくてな。見て学べ、見て盗めという環境だったんだよ」
「独学って、ことですか?」
「ああ、そうだな。今のモトスギと同じだな。でだ、投げては投げての毎日で、ある時気付いたんだよ。俺のストレートは、ナチュラルにシュート方向に曲がっていくことがよく有ったんだよ。なんでかな〜と思って、よくよく研究したら、力んで投げた時に人差し指の方に力を入れて投げていたことに気付いてな。そこから意図的にシュートが投げられるようになったんだ」
思わず「へー」と唸ってしまうヒロと沙希。
「そして、その逆で中指に力を入れてみたら……」
「スライダー方向に曲がったんですね」
最後まで言い終える前に沙希が答えてしまった。もちろん解答は正解である。
「ああ、そうだ。あの頃は、変化球は自分たちで発見して投げたからな……。オレが投げられる変化球は、これだけだよ。もっと色んな変化球を投げられるようにしたいが……」
握っていた球をイナオは、人差し指と中指で球を挟んでみようとするが、ヒロのように指は拡がらず根本まで挟むことが出来なかった。
指の第一関節と第二関節の中間のところで球が引っかかっている状態で、イナオは話しを続ける。
「ボールを挟んで投げる……。こういう変化球の投げ方も有ったんだな。どうして今まで思いつかんかったもんだ。いや思いついて投げた人がいたかもしれんが、今のモトスギと同じだったかも知れんな」
「それは、どういうことですか?」
「中々、落ちないだろう」
「あ……!?」
今、直面している問題点をズバッと指摘する。指で挟んで投げる――単純な投げ方であり、この世界も野球の歴史はそれなりにあるので、試みた輩もいるだろう。しかし、ヒロが二週間必死になっても投げられない変化球。可能性に気付く前に止めたのだろう。
「だが、まぐれでもあんな変化を出せたら、夢を見たくなるもんだな」
イナオはフッと笑い、腰を上げた。
「さてと、そろそろ練習の再開をするか……んっ?」
遠い空の向かう側に、灰色の雲が天を覆い始めていた。
「雲行きが怪しくなってきているな。モトスギ、雨が降るまで練習に付き合ってやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
コップに入ったお茶を飲み干し、ヒロは自分のグラブを手に取り、イナオの後を追いかけようとしたが途中で立ち止まり、
「タチバナさん。サンドイッチありがとう。すっごく美味しかったよ」
感謝の言葉を述べた。沙希は満面の笑みを浮かべ、
「いえいえ、どういたしまして」
マウンドに向かっていくヒロを見送る。そして空っぽとなったバスケットの中を見ると、より笑顔となって後片付けを始めたのであった。
作品名:正しいフォークボールの投げ方 作家名:和本明子