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正しいフォークボールの投げ方

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「そりゃそうだろう。俺だってコントロールが乱れたり、滅多打ちされることもある」

 と言いつつ『それでもワンアウトも取れずにマウンドを降りたことは無いけどな』と腹の中に収めていた。一方沙希は、自分が野球部マネージャーになってから、イナオが大崩れをする姿を見た経験は無かったが、ここでは敢えて言わないことにした。

「そんなに案ずることは無い。モトスギ、お前さんには才能がある。自信を持て」

 イナオの思いもよらない台詞に、ヒロは自分の耳を疑ってしまい、聞き返す。

「……才能?」

「ああ、そうだ」

「才能ってなんですか……。自分は知っての通り野球の素人なんですよ……」

「そうか? モトスギには俺が持っていない才能があるじゃないか。あの変化球……フォークボールって言うんだったかな。その変化球を投げられる才能が」

 イナオは然りげ無くヒロの手首を掴み上げる。

「その指の長さ。身長とか指の長さとかは天性のものだ。その指の長さがあるから、あの鋭く落ちる変化球を投げられるんだろ。見ろよ、俺の指を」

 そう言い、イナオは自分の左手を広げて見せた。

「短いだろう。お前さんみたいにボールを深く挟むことが出来ない。あのフォークボールを投げたくても投げられない。うらやましいよ。もし、俺があの変化球を習得できれば、鬼に金棒だろうに……」

 残念そうに呟き、肩を落とす。冗談では無く本気で言っているようだ。

「モトスギ。お前にしか投げられない球があるんだ。それは立派な才能だ」
「そ、そんなこと言われても……」

 掴まれた腕を払いのけ、散々たる結果を残した試合を回顧するヒロ。フォークボールを投げたが、制球が定まらず、ましてやテストの時みたく変化したりしなかった。自分にしか投げられない。いや、投げられないのだ。ならば才能なんて無い、とヒロは心の中で思った。

「そんなに卑下することは無い。誰だってそうだ。才能は有っても育てなければ意味がない。その才能を伸ばそうじゃないか。

 それを極限まで高めれば良いんだよ。俺だってそうだ。俺が野球……投手を始めた時、周りはすごい奴らばかりだった。俺よりも速い球を投げれる奴や変化球を沢山投げられる奴は一杯いた。

 当時の俺は、カーブすら変化球投げられなかったんだ。まあ、今でもカーブは得意では無いがな。だけど、俺には一つだけ他の奴らよりも、ほんのちょっとだけ上まっている才能があった。

 それが制球力(コントロール)だ。だから俺は制球を磨きに磨いて、今では俺の最大の武器とも呼ばれるほどになった。シュートやスライダーはおまけに過ぎない」

 イナオはヒロの顔をまじろがずに見ると、再びヒロの右手を掴み強く握りしめた。

「どんな人にでも必ず才能を持っていると思っている。問題は、その才能をどう活かし、どう努力して伸ばすかだ。その努力には二通りの努力がある。

 弱点や欠点を克服するための努力。もう一つは、長所や才能を伸ばすための努力。同じ努力をするのなら才能を伸ばすための努力をしようじゃないか! そっちのが楽しいだろう!」

 イナオの熱く温かい言葉に、ヒロの冷めてしまっていた心を激しく揺さぶった。その振動から摩擦熱が生み出されていき、熱くなった心情を吐き出そうと、

「は……」

 応えようとした瞬間――

「ワッッッーーー!」

 周りから大歓声が轟いたのであった。

 グランドの方を見ると、本塁の真上に高々と舞い上がるフライを捕手がキャッチャーマスクを放り投げ、ミットを掲げ構えていた。落ちてくる球を難無く捕球すると、試合が終了したのであった。

 ヒロが言おうとした想いは周りから響く喜びの声と拍手に掻き消されてしまい、そのまま言い損なってしまったのであった。