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正しいフォークボールの投げ方

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第三球 無回転を意識して思いっきり投げることを心掛けるべし -4-




 試合も終盤。ヒロは最後まで飽きることは無く……むしろ楽しんで観戦をしていたことに気付いた。

 野球の神様と試合をベンチから観戦していた時は、正直言えば苦痛でしかなかった。その時はルールを知らなかった所為もあり、野球の神様が丁寧にルールを説明してくれたが、本人に興味や意思が無ければ関心を持って観たり聞いたりしないだろう。

 しかし今回の場合は、積極的にイナオがルールとは別視点での野球の見方(配球や状況による心理)を解説してくれたお陰で、野球とは別の関心を持って観ることが出来た。それに、観客席での周りの雰囲気に乗せられたり、沙希の手作り弁当を食べたりして観戦したのも楽しめた一因だった。

 沙希は両校の選手たちを応援しては、ファインプレーなどが出たりすると自分のことの様に喜んで拍手を送る。

 イナオは試合状況を解説しつつ、ムースの采配に感心を寄せて唸っていた。それぞれに野球の楽しみ方を持っているのだ。だけど、まだヒロは純粋に野球を楽しんでいるとは言えない。だから、ヒロは訊ねた。

「イナオさん、タチバナさん……。こんな時に言うのもアレなんですけど……。野球の何処が面白いと思いますか?」

 大暴投のようなヒロの質問に、イナオも沙希も意外そうな表情……唖然としていた。あるまじきな質問だと重々承知だったが、ヒロは知りたかったのだ。二人が、どうしてここまで野球に楽しんでいるのかを。ヒロの真顔に冗談で訊いてはいないと感じ取り、イナオは真面目に答えるようにした。

「うむ〜。何処が面白いのか……。改めて訊かれると返答に困るな。ここまでくると、野球を見たり、することが普通になってしまったからな。どれを取っても面白いと言うしかないかな」

 イナオは沙希に視線を送り、答える様に促す。スコアブックに記録を書きながら沙希は答えた。

「そうですね。私もイナオ先輩と似たような感じですね。幼い頃から野球を観て育ちましたから。あ、でも一生懸命にプレーしているところに、心ときめきますね」

 二人の答えは、ヒロが納得する答えでは無かった。

「そうですか……」

 ならばと根本的なことを訊ねる。

「でしたら、野球を好きになったり、野球をすることになった切っ掛けとかはありますか?」

「きっかけか……。そうだな……」

 まだ試合が行われているにも関わらず、最早そっちのけでイナオは思い出すように遠くを見つめる。

「幼い頃に見た、凱旋パレードだな」

「凱旋パレード?」

「ああ。俺の地元にある社会人野球チームが全国優勝したことがあってな。それで凱旋パレードを行われていたんだよ。紙吹雪が舞う中、オープンカーに乗って手を振る選手たちが、子供ながらカッコ良く見えてな。そこからだな、俺が野球というものに興味を持ったのは」

 イナオの話しに、ヒロだけではなく沙希も興味津々と聴いていた。マネージャーとして部員の情報を得ていても損はない。むしろ、滅多に訊くことが無い内容だからでもあった。周りから観客の歓声が轟く中、話しを続けるイナオ。

「いつか俺も、ああいった車に乗って、大勢の人たちに向かって手を振ってみたいなと思ってな。それで野球をやり始めたんだよ。嫌いだったら途中で止めていると思うが、ずっとやり続けて今に至る。中学時代は生徒会長とかも務めたこともあったが、今ではただの野球バカだよ」

 陽気に笑うイナオに、ヒロと沙希も釣られて微笑してしまった。

「俺はそんな所だな。それで、タチバナは?」

「え、私ですか?」

 いきなり話しをフラれて、沙希はびくりと身を震わせた。

「私の場合は……。そうですね、夢ですね」

「「夢?」」

 これまた意外な答えに、ヒロのみならずイナオも同時に復唱した。沙希は照れ笑いを浮かべながら、イナオたちから視線を外す。そして、意を決したように喋り始める。

「私が幼い時の……ちょっと不思議な話しなんですけど、ある野球選手の夢を見たんです。その選手が出る夢を何度も見てしまって、次第に野球に興味を持ち始めたんです」

「どんな選手だったんだ?」

 イナオが気兼ねなく訊ねる。

「なんか真っ暗な影が顔にかかっていて、顔をよく見ることは出来なくて、誰なのか解りませんでした。それに野球の事を全然知らなかった時ですからね」

「それなのに、どうして野球選手だって解ったの?」

 今度はヒロが訊ねた。

「それはピッチングをしていましたからね。その投げる姿で野球をしている人だと解ったんですよ」

 沙希はヒロの方に視線を向ける。二人の瞳が合うと、ヒロは優しく見つめてきたのだった。心拍が一時高鳴ったヒロは、心を落ち着かせてイナオと沙希の話しを振り返った。

 二人が野球に興味を持った理由は、シンプルなものだった。

 大方そういうものだ。何かに興味を持って、始めたりする切っ掛けというのは。ヒロ自身もバスケを始めたのはマンガの影響と、ありふれた理由だった。

「そういえば、モトスギくんが野球に興味を持ったり、始めたりした切っ掛けは何ですか?」

「えっ、えっと……」

 沙希もお返しにと訊いてきたのだが、口篭るヒロ。

 正直に「不運な事故で野球の神様に蘇生させて貰ってけど、目が覚めた先が異世界で。元の世界に戻るために、致し方なく野球を始めた」なんて言える訳が無い。

「な、成り行きかな。自分も小さい時に父さんから野球を観させて貰って、それと近所のお姉さんみたいな人に野球を教えて貰ったんだ」

 嘘ではないように、不自然に思われないように言い繕う。沙希は「へー、そうなんだ」と納得してくれているようだったが、

「だけどモトスギ。お前さん、そんなに野球をやっていなかったみたいだな」

 そう指摘したのはイナオだった。イナオは先ほどの配球を読んだ時と同様に目を細くさせていた。ヒロの話しに矛盾を感じ取っての物言いだったのだ。

 素人丸出しのプレーをしていたヒロを見れば、昔から野球をやっているとは言えない。

「あ、はい……。野球を知ったのは小さい時でしたけど、野球をやり始めたのは、つい最近でして……」

「まあ、そうだろうな。それで、なんで野球をやり始めたんだ?」

「それは……」

 ビシバシと直球的に問いかけてくる。ヘタな嘘ならばイナオに見透かされてしまうだろう。今回の観戦で充分に認知したことである。

「か、家庭の事情としか、言えないです」

 なので、シンプルかつ踏み込まれないような答えを述べたのだった。

「そうか……。それなら仕方はないが、どんなことでも野球を始めたのなら、簡単に野球を辞めて欲しくは無いな」

 その言葉にヒロは、思わず顔を下に向けてしまった。それを見た沙希がイナオへと目を配らせる。

 予めイナオは沙希に、今回練習に来ないヒロに対して叱ったり言及したりしないと伝えていた。ヘタに注意して、より落ち込ませないように配慮するはずだった。だが、話しの流れでつい述べてしまったのである。

「と言っても、初登板があんな結果じゃヘコむのも解るし、再びマウンドに上がるのも恐くなるのも解る。俺もそうだった」

「え?」

 ヒロは俯いていた顔を上げ、生気を失った瞳でイナオを見入る。