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正しいフォークボールの投げ方

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 その後の配球についてもイナオは言い当てていき、試合も中盤。イニング間の時間に、トンボと呼ばれる地面をならす(整地する)道具を手にした人たちがグランドに出てきて整備が行わていた。その間にヒロは改めて訊ねる。

「どうして解ったんですか? 何を投げるとか?」

 野球に興味を持てないヒロ。しかし、預言者の如く言い当てたイナオに関心を抱いていたのであった。

「そうだな……。まずはあのホームランを打ったバッターについては、初球のカーブを空振ったからだ」

「空振ったから?」

「元々あのバッターはカーブが弱いんだよ。それにヘタに空振った所を見ると、今日もカーブを投げれば安牌だと相手は思っただろう。それでカーブを見せ球ではなく、決め球にしようと思ったはずだ」

「見せ球?」

「打ち取るための撒き餌みたいなものだよ。大方は変化球の後に速球だが……どうしてか解るか?」

「い、いいえ」

 首を振るヒロ。

「そこは、少し考えて貰いたかったが……。要は、タイミングをずらすためものだ。遅い球の後に速い球を投げられたら、タイミングの感覚が少しずらすことが出来るんだ。

 そして、それが次のストレートに繋がる訳だ。カーブを決め球と決めたのなら、原則としては、それ以外の球を投げることになるわな。バッターにカーブの感覚や軌道を消すために、ストレートがお約束な訳だ。

 そのストレートを外角に投げたのは、バッターから離れたコースは打たれ難いからという理由があるからだ」

 イナオの解説に納得しつつ、ヒロはあの時の状況を思い返していた。

「三球目が外れる、というのは?」

「二球目がストライクを取れたからだ。カウントもノーボール。多分、二球目のストレートは、ストライクでもボールでも良いぐらいで外角に投げさせたと思う。

 それでストライクを取れてしまったから、今度は必ず外れるボールってことだ。では、なぜ三球目もストレートだったと思う?」

「え……そ、それは、あのストレートも見せ球で、タイミングをずらす為だからですか?」

 ヒロの自信の無い回答にイナオは満面の笑顔で返した。

「そうだ。出来る限りカーブのタイミングを消すためにな。そして準備が整った所で、カーブを投げる訳だ」

 イナオが言わんとしているところは理解出来た。だが、

「……でも、打たれましたよね」

 ここまでの話しを聞く限り、カーブを決め球にしたら打ち取っているはずである。しかし結果は、タイミングバッチリにカーブボールを打ち、あまつさえ本塁打にしてしまった。

「それはだな……。あのバッターが、さっき俺たちが言っていたことを読んでいた……いや、最初からカーブを狙っていた。そう考えると、あの初球のカーブを空振った理由に繋がるな」

 イナオが推測したある部分に、ヒロは疑問を感じる。

「カーブを狙っていたのなら、なぜ最初のカーブを打たなかったんですか?」

「正確に言えば仕向けたんだ。もう一回カーブを投げさせるように。前にも言ったが、あの打者……ムースはカーブが苦手だ。俺が知っているぐらいだ、相手だって知っていることだろう。

 だから最初にカーブを空振ったのは、やっぱりカーブが弱いということを刷り込ませたんだ。もしかしたら、俺たちが来る前にそう演じていたかも知れないが……。で、さっき俺たちが話していた配球になる訳だ。

 俺がカーブボールを投げると読めたんだ、アイツ……ムースも読んでいたに違いない。だから、狙い打てたんだ」

 イナオが配球を読めた理由、打者が本塁打を打てた理由――机上の理論……イナオの推測ではあるが妙に合点がいった。

 ただボールを投げて、打って、走って、捕る。そうヒロが抱いていた野球の印象だったが、投げる中に、打つ中に、巧妙な駆け引きが存在するというのを知ったからだ。

 ヒロがやっていたバスケだってそうだ。ただパスを出すにしても、フェイントなどを入れたりと駆け引きが有ったりした。


「イナオさん……いつも、こんな感じで野球を観ているんですか?」

「いつもとは言わないが、やっぱり勝負事だからな。勝率を一%でも上げるようにしないとな」

 一瞬真剣な顔を浮かべるイナオ。勝負師としての一面を見た気がした。打って変わって、隣にいる沙希が笑顔で口添えをする。

「特にイナオ先輩は、そういう配球を読むのが得意なんですよね」

「読むというか……。まぁ、正確に言えば、そうなるようにコントロールするんだがな」

「そうなるようにって?」

 口を開いたのはヒロ。野球に興味というより、イナオが語る内容に興味を引いていたのであった。

「そうだな……。あの打者(ムース)はカーブを狙い定めていた。では、あの打者を打ち取るためにはどうすればいいか。わかるか、モトスギ?」

「カーブボールを投げなければ良いんじゃないんですか?」

 これまでの経緯で既に答えが出ているようなものだった。その答えに自信は無かったが、間違っていないと勘考した。

「確かに、それも一案ではある。だが、他の球で打ち取れるかと聞かれたら、ちょっと未知数ではあるわな」

「そんなこと言ったら、どの球だって未知数じゃないですか?」

「まぁな。だが、もし俺だったら相手がカーブを狙い打つと定めていると解っているのなら、カーブを投げるな」

「えっ!?」

 相手がカーブボールを狙っているのに、あえてそのカーブボールを投げるという……イナオの見当違いな発言に、戸惑いの声の一つもあがる。

「そこで問題となるのは、そのカーブを何時投げるかだ。さっきみたいに追い込んだ後にカーブを投げるということを打者が予測してた訳だ。

 つまり予測していないところでカーブを投げる。しかも甘い所にな。ある意味、初球にカーブを投げたのがそれに近いな。

 俺だったら、続けてもう一球、同じコースにカーブを投げる。大抵、続けて同じ変化球を同じコースに投げることは滅多にない。

 だから、そこへカーブを投げると、カーブを打つ意識、そこに甘いコース。思わず手が出てしまうもんだ。そういった場合は、大抵中途半端なスイングになって」

「打ち取れる……って、ことですか?」

「……と思う。あくまでも推測ではあるが……。だが、どの球で、どんな風に討ち取らせるかを考える……。いわゆる逆算のピッチングだ」

 逆算のピッチング――

 イナオが辿り着いた投球の真髄ではあるが、野球経験が浅いヒロには今ひとつピンと来なかった。しかし、自分が知らなかった野球の奥深さに触れた気がしたのだった。

「イナオ先輩が監督になったら、強いチームが出来そうですね」

 横でヒロと同じように真剣に話しを聞いていた沙希が、水筒からお茶を入れたコップをイナオに手渡しながら、感じたことを漏らした。コップを受け取ったイナオは照れ臭そうに微笑み。

「俺は冷徹になれないからダメだよ。俺なんかより、ムースとかオチとかが向いているはずだよ」

 細く優しい目をグランドの方に向ける。
 グランド整備が終わり、両校の選手たちが姿を現していた。試合が再開されると、イナオの解説も再開されて、ヒロと沙希は関心を持ってイナオの話しを聴き続けたのであった。