みどりのこと
学校のこと。そんなに気に病んでいるとは知りませんでした。僕はたまたま成績が良くてN校に決まりましたが、君がそれほど切実にN校に行きたいなんて思いも寄りませんでした。確かにN校は、一番の高校ですが、行く奴らは、きっと面白味のない奴ばかりですよ。僕はがり勉の奴らと交じり合うことになるのを感じて、中学を卒業したくはありません。いつまでも今の仲間たちと一緒にいたいです。子供っぽいですよね。僕は、まだまだ大人になっていないのかもしれません。君みたいに自覚的に生きているわけではないのでしょう。だから君がN校に、こだわるあまり色んな感情にとらわれることを僕は気にしません。僕のことを妬んだとしても別にかまいませんよ。それよりか、なんとかN校の受験をできたとしても、落ちたら大変ですよ。そのことは心して下さいね。中にはN校に行くために中学浪人をする人もいるとは聞きますが、そこまでしなくてもS校も立派な高校です。要は、その後にやってくる大学受験に成功すれば全てはかたづくのではありませんか。僕は今、大学受験のことなんて、これっぽっちも考えていません。N校に行ってもついていけないかもしれないからね。こんな言い方は穿っているかもしれないけれど、僕はたまたま中学での成績が良かっただけなのです。性に合っていただけなのです。だから本当の意味での実力があるのかどうか不明です。僕は希望もなく、ただ流されているだけです。本当は詠子の行くK高校に行きたいくらいです。
君のいう、詠子と僕のことは図星です。僕は確かに詠子に好意を抱いています。ずっと今の関係を続けたい。でも、本当にもうタイムアップが近づいていますね。でも僕は特別な行為によって詠子との関係が壊れることも恐れているのかもしれません。君のいう通り詠子も僕のことを少なからず想ってくれているのかどうかも、いくらいわれても確たる自信はもてません。そんな僕のことを勇気がないと君は詰るかもしれません。僕には一歩踏み出す勇気がいまだに持てないでいます。君の応援は、心強いです。やっぱり君はいい奴ですよ。こんな風に僕と詠子のことを心配してくれるのだから。君は決して自分のことばかり考えているわけではないではありませんか。僕は決心しなくてはならないのでしょう。だらしないので君の応援を必要とするかもしれません。その時は、よろしくお願いします。あきらめずに応援して下さい。本当に頼むね。
僕はみどりが折り畳んでたいたのと同じに手紙を折った。見様見真似で。そんな折り方が流行っているのだと思ったからだ。やってみると簡単だった。それをしのばせて、ある日の放課後に、みどりにそっと手渡した。みどりは無言で受け取り、やはりそそくさと僕の前を去った。思っていたように返信は来なかった。しばらくは、そんなことはなかったような日々が続いた。僕は詠子に告白もしないかわりに、ずっと一緒に下校していた。
仲間うちで忘年会をしようという話が持ちあがった。医者の息子である小笠の家が、ある日、留守になるというので、そこで羽目を外そうという計画だった。商業高校に進学予定の松林、工業高校に進学予定の大浦、そして医学部を目指しいて、そのために私立の高校を受験する小笠に、僕と詠子とみどりがメンバーだ。それが仲良し仲間だった。小笠の家にビール、チューハイ、カクテル、マイルドセブン、バージニアスリム、ポテトチップス、柿の種、えび満月、チョコレイトなどを持ちこんだ。買い物は、みどりと詠子が担当した。未成年なので女性の方が怪しまれないからだった。二人は無事に買い物をすませた。もちろん費用は同額負担だ。それほど高価なものではない。中学生のおこづかいでも、やりくりできた。
強いお酒は必要なかった。みんなビールくらいは飲んだ経験を持っていた。煙草は、松林と大浦が喫煙の習慣があった。僕は親父のロングピースをかすめて吸ったことがあるくらいだった。はっか煙草は、みどりの希望だった。みどりは、僕と詠子を近くに座らせて、なるべく多く話すように促してくれた。誰もがすぐに酔っ払った。小笠は、早々にトイレでもどしていた。
「もうすぐ、みんなバラバラになるんだね」
と僕は詠子に話しかける。
「そうね。なんだか寂しいわね。とても信じられない」
「信じられなくても、その日は必ずくる」
「そうね。必ず」
「卒業したら、僕たちは、こうやって集まれなくなるのかな」
「さあ、どうかしら。ひょっとしたら、そんなことはないのかもしれない。集まりは続けられるかもしれない」
「やってやれないことはないよな、きっと」
「そうよ。あたしたち、これだけ仲がいいんですもの。できるわよ。きっと」
「でも、もう一緒に帰れなくはなるね」
「そうね。それは無理よね。どう考えたって」
「もうCDの貸し借りもできなくなるんだろうか?」
「それはできるんじゃない?」
「本当に?」
「ええ。あたしは、そう思うわ。北川くんは、それもできなくなるって思ってるの?」
「今みたく頻繁には無理だろ?」
「それは、そうかもしれない。でも続けられるわよ。きっと」
「詠子が、そういうのなら、そうだろうな。そういってくれて僕は嬉しいよ」
「どうして嬉しいの? そんなことくらい」
「だって僕は・・・」
そこで僕は急に気分が悪くなった。胃の奥から食道に何かがこみあがってくる。すぐに口中に、その酸っぱいものが漂い始める。僕は両手で口を押さえてトイレに駆け込む。そして僕は涙を流しながら、思い切り吐く。もう少しで告白できるところだったのに、なんたる醜態だ。そんな僕を詠子は、どんな風に思っているだろうか。そのことばかりが気になったが気分は、いっこうによくはならない。なかなかトイレから戻らない僕を心配して、詠子とみどりがトイレの前で、
「大丈夫? 北川くん」
と話しかける。大丈夫じゃなかったのだけれど、
「大丈夫さ。もう少ししたら戻るから」
と見栄をはる。
その日は、小笠と僕が酔いつぶれてしまった。僕は詠子に告白できるかもとの緊張感のため。小笠は、親に決められた医学部への進学という鬱屈した進路に悩んで。彼は公立高校に進学したかったのだ。そんな反発心から、その日の宴会の場所を提供していた。
みどりは、その日の僕の不手際を目にしていた。そして、年があけて三学期が始まり、新学期のテストの結果が出た頃、またみどりが手紙を手渡してきた。
お返事できなくて、ごめんなさい。あたし、また自分のことに、かまけちゃってました。今度のテストは、相当頑張ったつもりだったんだけれど、やはり結果は芳しくありませんでした。これでさっぱりN校は諦めます。S校ならば安心といわれてるし、残りの中学生活をせいぜい楽しむことに決めました。