みどりのこと
みどりのこと
マキノ慧
みどりから、こっそりと手紙を手渡された。年末の二学期の終わり、学年面談の終った頃。放課後だった。手紙は僕にはわからない複雑な折り方がされていた。僕は咄嗟に、それを制服の上着のポケットにしのばせた。理由はない。何故か誰にも気取られないようにしなくてはいけない。そう思ったのだった。みどりは素早く手紙を渡して僕の側から離れていったから。家に帰るとすぐに僕は手紙を開き読み始めた。折り方は複雑だったが開けるのは簡単だった。
急にこんな手紙を渡したりしてごめんね。びっくりしたかと思います。でも、へんな手紙じゃないから決して誤解しないでね。お願いです。ぜひとも最後まで読んで下さい。
もうわかってると思うんだけど、あたしってとっても嫌な子です。みんなに嫌われても仕方ないって、いつも思ってます。北川くんもきっとあたしのこと内心では嫌ってるんじゃないかと疑心暗鬼だったりします。あたしは今、進路で悩んでいます。どうしても県立のN高校を受験したいんだ。でも担任からは、少し以上に危険だから二番手のS高校にしなさいっていわれちゃったの。とてもショックでした。北川くんは、もうN高校に決まってるでしょ。あたしは、そんな北川くんのことを羨むよりも妬んでいます。ほら、とっても嫌な子でしょ。蔑むでしょ。あたしが一番に考えるのは、いつも自分のことばっかり。自分の努力が足りないせいで志望校を受験できないからといって北川くんを妬んでる。そんなあたしが人に好かれるわけなんかないわよね。だからあたしは深い自己嫌悪におそわれているってわけ。こんな手紙を書くことになったのは、それが一つの理由です。でもそれだけじゃないのよ。本題は、ここからです。
北川くんにとっては余計なお世話かもしれないのだけれど、これだけはどうしても、ほっておけないと思ったからなの。もう薄々はわかったかもしれないけれど、その話っていうのはもちろん詠子のことよ。こんなあたしにとっては唯一の親友といってもいい詠子。北川くん。はっきりしなさいよ。あなたは詠子のこと好きなんでしょ。あたしにはちゃんとわかってるんだから。あの子は、あたしとは違って、とっても性格がいいしチャーミングだわ。もうそろそろ告白しなさい。詠子は多分、市立のK高校に行ってしまうのよ。中学を卒業したら離れ離れになっちゃう。その前になんとかしなさい。教えてあげるけれど、詠子も北川くんのこと満更でもなく想っていることは間違いない。だから、きっとうまくいくはず。あの子は積極的なタイプじゃないから、やはり北川くんが思い切って告白するしかないのよ。微力かもしれないけれど、あたしも応援するからさ。なんとか勇気を出して欲しいの。
ほら、こんな風に、あたしは他人の迷惑省みず、ズケズケ人にものをいう嫌な奴。あたしのことは、どう思ってくれてもかまわない。でも詠子のことは真剣に考えてみてくれない? 無理かな。そんなことないでしょ。きっと。
あらためて高校受験頑張って下さい。北川くんは、平気のへいさでN校合格よね。あたしは、これからもうひと頑張り。新年のテストに最後の望みをかけてみます。一緒にN校にいけたらいいのにな。
本当にこんな手紙を書いて、ごめんなさい。あたしのこと、嫌いになったでしょ。そんなことない? 本当は人に嫌われるのって、とっても恐い。だから、この手紙を渡すのも勇気がいりました。北川くんが、あたしのこと嫌いになりませんように。では、また。
みどりと詠子と僕は、同じ中学の同じクラスの三年生だった。確かに僕は詠子に少なからぬ好意を抱いていた。それは恋といってもいいものだったと思う。僕と詠子は小学校の時にも同じクラスになったことがあって、僕はその頃から詠子に淡い好意を抱いていたのかもしれない。中学で同じクラスになると親しさは増した。学内では遠距離通学にあたる僕はバス通学が認められていたのだが、帰宅途中に詠子の家があったので、二人でよく一緒に歩いた。二人ともハードロックが好きで、よくCDの貸し合いをした。彼女の家は、海辺にあった。脇をJRが走っていた。線路の柵にもたれかかって暗くなるまで、よくだべっていたものだった。彼女と話していると時間を忘れた。でも、彼女に「好きだ。僕とつきあってくれ」などと告白するなんてことは思いもしたことがなかった。僕は、まだまだうぶだったということか。みどりの手紙は僕にそんな事実を思い知らせてくれたのだった。そうだ。もう数ヶ月すれば、詠子とのこんな楽しみも奪われるだろう。N校とK校は遠く離れている。このままでは、もう詠子と会えなくなるのかもしれない。僕はなんとか現状を維持したいと願った。それには詠子に告白するしか方法はない。僕はみどりの手紙を読んで、そう思い始めたのだった。
みどりの手紙は、その部分では僕にとって的を得たものだったのだが冒頭部分は少し違っていた。決して、誰も、誰もとはいえないのかもしれないが僕たちの仲間の間で、みどりが誰かに嫌われているなんてことはなかった。彼女は美人だったので、それを妬んでいた女性はいたのかもしれない。しかし僕は、そんなことには気づかない。少なくとも僕たち、仲の良い有人の間では、みどりはリーダー的な存在ですらあった。それはもちろん、彼女の聡明さのせいでもある。彼女の家も立派な家で、よくは知らなかったけれど、お嬢さんでもあったのだろう。そんなみどりの、手紙での自己嫌悪の告白は僕にはたいそう意外だった。まさかみどりが、そんな思いを抱いているなどとは、つゆほども知らなかった。それで僕は返信をしたためる。まだ携帯電話が普及してはいなく、家の電話で話すのは、家族に聞かれるので自由にはできなかった。当然、今なら手紙などではなくメールでやり取りができるのだけれど、それもできなかったのだ。僕も手紙を書いて、彼女にそっと誰にも知られずに手渡すしかない。
手紙、ありがとう。確かに突然で驚きました。さっそく読みました。まずいっておくと、誰も、特に僕は君のことを嫌ってなどいません。それだけは、はっきりといえます。断言してもかまいません。君は決して、自己本位の人ではないと思います。だから詠子とも親友の関係でいられるのだし、僕たち仲間ともうまくやっているではありませんか。仲間も君のことを好いているはずです。
マキノ慧
みどりから、こっそりと手紙を手渡された。年末の二学期の終わり、学年面談の終った頃。放課後だった。手紙は僕にはわからない複雑な折り方がされていた。僕は咄嗟に、それを制服の上着のポケットにしのばせた。理由はない。何故か誰にも気取られないようにしなくてはいけない。そう思ったのだった。みどりは素早く手紙を渡して僕の側から離れていったから。家に帰るとすぐに僕は手紙を開き読み始めた。折り方は複雑だったが開けるのは簡単だった。
急にこんな手紙を渡したりしてごめんね。びっくりしたかと思います。でも、へんな手紙じゃないから決して誤解しないでね。お願いです。ぜひとも最後まで読んで下さい。
もうわかってると思うんだけど、あたしってとっても嫌な子です。みんなに嫌われても仕方ないって、いつも思ってます。北川くんもきっとあたしのこと内心では嫌ってるんじゃないかと疑心暗鬼だったりします。あたしは今、進路で悩んでいます。どうしても県立のN高校を受験したいんだ。でも担任からは、少し以上に危険だから二番手のS高校にしなさいっていわれちゃったの。とてもショックでした。北川くんは、もうN高校に決まってるでしょ。あたしは、そんな北川くんのことを羨むよりも妬んでいます。ほら、とっても嫌な子でしょ。蔑むでしょ。あたしが一番に考えるのは、いつも自分のことばっかり。自分の努力が足りないせいで志望校を受験できないからといって北川くんを妬んでる。そんなあたしが人に好かれるわけなんかないわよね。だからあたしは深い自己嫌悪におそわれているってわけ。こんな手紙を書くことになったのは、それが一つの理由です。でもそれだけじゃないのよ。本題は、ここからです。
北川くんにとっては余計なお世話かもしれないのだけれど、これだけはどうしても、ほっておけないと思ったからなの。もう薄々はわかったかもしれないけれど、その話っていうのはもちろん詠子のことよ。こんなあたしにとっては唯一の親友といってもいい詠子。北川くん。はっきりしなさいよ。あなたは詠子のこと好きなんでしょ。あたしにはちゃんとわかってるんだから。あの子は、あたしとは違って、とっても性格がいいしチャーミングだわ。もうそろそろ告白しなさい。詠子は多分、市立のK高校に行ってしまうのよ。中学を卒業したら離れ離れになっちゃう。その前になんとかしなさい。教えてあげるけれど、詠子も北川くんのこと満更でもなく想っていることは間違いない。だから、きっとうまくいくはず。あの子は積極的なタイプじゃないから、やはり北川くんが思い切って告白するしかないのよ。微力かもしれないけれど、あたしも応援するからさ。なんとか勇気を出して欲しいの。
ほら、こんな風に、あたしは他人の迷惑省みず、ズケズケ人にものをいう嫌な奴。あたしのことは、どう思ってくれてもかまわない。でも詠子のことは真剣に考えてみてくれない? 無理かな。そんなことないでしょ。きっと。
あらためて高校受験頑張って下さい。北川くんは、平気のへいさでN校合格よね。あたしは、これからもうひと頑張り。新年のテストに最後の望みをかけてみます。一緒にN校にいけたらいいのにな。
本当にこんな手紙を書いて、ごめんなさい。あたしのこと、嫌いになったでしょ。そんなことない? 本当は人に嫌われるのって、とっても恐い。だから、この手紙を渡すのも勇気がいりました。北川くんが、あたしのこと嫌いになりませんように。では、また。
みどりと詠子と僕は、同じ中学の同じクラスの三年生だった。確かに僕は詠子に少なからぬ好意を抱いていた。それは恋といってもいいものだったと思う。僕と詠子は小学校の時にも同じクラスになったことがあって、僕はその頃から詠子に淡い好意を抱いていたのかもしれない。中学で同じクラスになると親しさは増した。学内では遠距離通学にあたる僕はバス通学が認められていたのだが、帰宅途中に詠子の家があったので、二人でよく一緒に歩いた。二人ともハードロックが好きで、よくCDの貸し合いをした。彼女の家は、海辺にあった。脇をJRが走っていた。線路の柵にもたれかかって暗くなるまで、よくだべっていたものだった。彼女と話していると時間を忘れた。でも、彼女に「好きだ。僕とつきあってくれ」などと告白するなんてことは思いもしたことがなかった。僕は、まだまだうぶだったということか。みどりの手紙は僕にそんな事実を思い知らせてくれたのだった。そうだ。もう数ヶ月すれば、詠子とのこんな楽しみも奪われるだろう。N校とK校は遠く離れている。このままでは、もう詠子と会えなくなるのかもしれない。僕はなんとか現状を維持したいと願った。それには詠子に告白するしか方法はない。僕はみどりの手紙を読んで、そう思い始めたのだった。
みどりの手紙は、その部分では僕にとって的を得たものだったのだが冒頭部分は少し違っていた。決して、誰も、誰もとはいえないのかもしれないが僕たちの仲間の間で、みどりが誰かに嫌われているなんてことはなかった。彼女は美人だったので、それを妬んでいた女性はいたのかもしれない。しかし僕は、そんなことには気づかない。少なくとも僕たち、仲の良い有人の間では、みどりはリーダー的な存在ですらあった。それはもちろん、彼女の聡明さのせいでもある。彼女の家も立派な家で、よくは知らなかったけれど、お嬢さんでもあったのだろう。そんなみどりの、手紙での自己嫌悪の告白は僕にはたいそう意外だった。まさかみどりが、そんな思いを抱いているなどとは、つゆほども知らなかった。それで僕は返信をしたためる。まだ携帯電話が普及してはいなく、家の電話で話すのは、家族に聞かれるので自由にはできなかった。当然、今なら手紙などではなくメールでやり取りができるのだけれど、それもできなかったのだ。僕も手紙を書いて、彼女にそっと誰にも知られずに手渡すしかない。
手紙、ありがとう。確かに突然で驚きました。さっそく読みました。まずいっておくと、誰も、特に僕は君のことを嫌ってなどいません。それだけは、はっきりといえます。断言してもかまいません。君は決して、自己本位の人ではないと思います。だから詠子とも親友の関係でいられるのだし、僕たち仲間ともうまくやっているではありませんか。仲間も君のことを好いているはずです。