これが日常
伊戸と桜羅
「あ」
「お。なんだ、19代目じゃないか」
「あんたに19代目って言われても、皮肉にしか聞こえないな」
小さく溜息をついてから、イトはサクラの横に腰を下ろした。マンションの真横に位置する日本家屋の縁側に、2人は座っていた。目の前には池があり、水は透き通っている。太陽の光が水面に反射して、奥にある松の木を映し出していた。池の中には錦鯉が数匹優雅に泳いでいる。
「…やはり、決心はつかぬものか…」
「そりゃ、そうだ。小さい頃から子役としてもずっと出てきて、声変わりが落ち着いた後も主役とかとってたのにさ…」
「妾にはわからんな…そういうものか」
「そういうもんだ。自分が必死に落ち目なく完璧な型で継ごうとしていた跡目を、何もせずのんびりと暮らしていた弟が持っていく。あいつは梨園になんか興味を持ってはいなかったのに…なんか、不条理というかなんというか…」
イトは俯き、髪は滑り落ちてその表情を窺えなくした。
「報われねーよなぁ…ってさ」
「まぁ、努力したところで報われないのは当然だと思っていた方が気は楽だしなぁ…報われることの方が、稀だ。報われない内の1人になっただけの話しだ…と、割り切れはしないか」
「割り切れるようになりたいよ」
互いに苦笑いを零し、サクラは重苦しい雲が漂っている空を見上げ、イトは草履の近くを歩く蟻を見下ろした。
「妾が時を遡らせたところで、主が望むような結果にはならんよ。いつだって、世は流れるようにして時間が過ぎて行く…なるようになるものだ。もしかしたら、主だって目が覚めるべくして目が覚めるやもしれぬ。そうでないかもしれぬ可能性もあるが…いつだってゼロではないだろう」
「…そう、かもな」
そうだと、いいな。
そう小さく零した溜息が寂しく消えた。