これが日常
陽影
「…おはよう、今日も良い天気だね」
屋上庭園の上の、貯水タンクの更に上にある箱庭のようなところに、ハルはそう声を掛けた。その箱からはなんの返答も来ないが、ハルは数秒だけ中を覗き込むようにして視線を這わせてから、満足そうに笑った。
「そっか…かぼちゃの実が大きくなり始めたんだ…大きいのが採れたら、教えてね。あと、どんな料理にするのかと、そのレシピも…リゼロには内緒でこっそり」
くすくす、と、笑いながら話している姿は、不審者のようでもあるけれど、本当にその中に誰かがいるような会話を続けている。少し奥の方の空には、鱗雲が敷き詰められたように広がっているのが見える。あの空の雲も、じきにこちらへとやってくるだろう。
それを見上げていたハルは、少し考えた後、再び箱庭にいるだろう住人へ囁きかけた。
「…もしかしたら、明日は雨が降るかもしれないから、洗濯物とか…あと…かぼちゃも気に掛けてあげてね。根が腐らないように」
『そうなの?ビニールでも掛けておいた方がいいかしら…ありがとう、ヨウエイ』
「いえいえ、どう致しまして」
よく中を見てみると、米粒ほどの大きさの人らしき形をした者が動いている。真っ白い衣を身に纏い、金色の長い髪を結い軽く編んである。虫眼鏡や顕微鏡の低倍率で見れば、女性と思われる彼女の姿を見ることができる。心なしか、声もうっすらと聞こえてきた。
「リゼロの風邪はもう治った?」
『もう少しかな…あの人、薬作るくせに飲まないし、夜遅くまで起きているし、物は食べないし…どうしようかって思っているの。少し呆れちゃう』
「シオンはすっかりお母さんだね…リゼロの。薬品オタクは放っておくに限るよ」
『お母さんなんかじゃないけど…でも、放っとけない』
「そこが君のいいところ」
そんな会話をしていると、ジオラマの家から扉が開き、真っ黒い衣装に身を包んだ、シオンとは真逆の格好をした青年らしき者が現れた。
『シオンを口説くのは止めろ、ヨウエイ』
『口説かれてない』
「口説いてない」
重なった2人の笑い声が、晴れ渡った空に響いた。
そんな、日常。
.20121013~20121015