これが日常
夜と鑼緒
「……昼になったね」
「なったな」
マンションの屋上庭園には、長い木製のベンチで横になっているナイトと、彼の頭を膝に乗せて空を見上げているラオがいた。ナイトは全く感情を窺わせない顔を、天に向かって伸びている秋桜に向け、ラオもまた無表情のまま、雲の流れる様を舐めるように観察している。
ナイトは昼の陽気にあてられたのか、眠そうに何度も瞬きをしている。光を受けて桃色の淡さに拍車を加えた秋桜の美しさは、目を見張るものがあった。管理が行き届いたこの美しい庭園の真ん中で横になることができるナイトは、なんて贅沢なのだろうか。そう思わざるを得ないほどの完成度だった。
「秋桜、綺麗だね…ラオは眠くないの?」
「言われてみれば、程度」
「どうせなら寝る?」
「いい。寝ると、死ぬしな」
「あぁ、そうだったね。制御しなくちゃいけないんだよね。いいな、ラオの部屋にゴキブリ出なくて」
「確かにそこはありがたい」
表情も変えず、抑揚のない、まるでハムを見ているようだ。彼らにとってはこれが普通で、これが素の自身であって。
「少しくらい、寝ててもいいよ。俺が起きてる」
「じゃあ、寝る。泡沫の一時くらい、味わっても悪くはないはずだしな」
ナイトは体を起こして、軽く伸びをした。ラオは向かいのベンチに腰を下ろし、横たわる。顔の上に腕を乗せ、日差しが目に当たらないようにして暫く、寝息が聞こえた。
「…寝てていいよ。ちょうどよかったんだ。俺、この屋上庭園嫌いだし」
辺りの草花はみるみる内に腐り枯れていき、生き生きとした緑や色鮮やかな花々に囲まれてできていた庭園は、ラオが目を閉じ寝息を立てた瞬間に、茶色く朽ち果てた。
ラオが小さく声を漏らしたその一瞬で、時間を巻き戻したと錯覚するほど、美しい庭園が再生した。緑は芽吹き、蕾は膨らんだ。
「でもさ、ラオのことは割かし好きだから、悲しんで欲しくはないんだよね」
死を求める少年は空を見上げながら目を瞑り、生を愛する青年は小さな寝息を立てながら薄く目を開いた。