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七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
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グランボルカ戦記 6 娼婦と騎士

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愛していると言ってくれ



 部屋のアルコールランプで湯を沸かし、ガラス製のポットに湯を移し替えると茶葉が湯の中で泳ぐように舞いながらゆっくりと開き始める。その様子を確認し、残った湯をティーカップに注いだ後で、自室にしつらえられたソファーにグッタリと身体を預けて部屋の主であるアリスは天井を仰いで目を閉じた。
(うっかり寝ないようにしなくては。)
 連日のデスクワークで疲れきった目と頭を休めるのならばこのままベッドに倒れ込むのが正解だ。しかし、そうせずに紅茶の蒸らしが終わるまでという短い時間制限をつけたのは、彼女にはまだやることが山積しているからだ。
(せめてもう一人、有能な文官がほしい。)
 現在10名ほどの精鋭を集めてリュリュが不在だった期間の事務処理や先のマタイサとの戦後処理を行っているが、とても手が足りているとは言いがたい状況だ。
 弟子であり恋人でもあるユリウスはリシエールの王族でありながらも不平不満を言うことなく淡々と処理をこなしてくれているし、もともとグランパレスの宰相であり、事務処理のエキスパートでもあるカズンもしっかり仕事をこなしてくれているが、それでも手が足りない。そもそも、アリスにもカズンにも自分の部隊があり、教練などを行う時間も必要であるし、ユリウスはリシエール義勇軍をまとめる長なのだ。それと並行しての重要案件の事務処理。正直3人とも既にオーバーワークだった。
(はあ・・・なのに一体何をやっているんだろう。私。)
 ユリウスに対しては自分の弟子ということや恋人であることもあって、大目に見ることもできるし、まだまだ一人前と言うには早い(とは言っても既に一般的な文官よりはいい仕事をするのだが)のもわかっているので広い心で接することができる。
 問題は、カズンだ。いや、カズンだと言ってしまうのはいささか乱暴だろう。カズンとアリス自身が問題なのだ。
 アリスがアレクシスの命令でリュリュの監視へと赴く前、事務仕事を一切やる気のないルーや、事務仕事の才能がないクロエの分まで仕事をこなしていたカズンとアリスの間には一種の阿吽の呼吸のようなものができていた。だが、アレクシスの元を離れてしまったアリスの文まで仕事をこなすようになったカズンと、リュリュの監視と言うなの放蕩生活を送っていたアリスの間には仕事の処理速度において差ができてしまった。具体的に言えばカズンの作業が速すぎてアリスの持ち場で仕事が滞ってしまうことが多くなったのだ。
 カズンはそのことについて特に何も言わないが、手持ち無沙汰になると無言でプレッシャーをかけてくる。
 そしてそのプレッシャーを連日かけ続けられた結果、アリスが爆発した。
「まったく・・・カズンの嫌がらせに負けるなんて。」
 紅茶の蒸らしが十分になった所でアリスはそう呟きながら身体を起こした。
 カップのお湯を捨ててポットから紅茶を注ぐと、カップから芳醇な香りが立ちのぼり、アリスの鼻腔をくすぐった。
「んーっ、美味しいっ!・・・そう言えば確かメイとアンジェが差し入れを買ってきてくれたんだっけ。」
 紅茶を一口飲んだところでお茶うけの存在を思い出したアリスは戸棚から小さな箱を取り出してテーブルの上に置いた。
「さてさて。どんなお菓子がでてくるのかしら。」
 ウキウキとしながらアリスが箱を開けると、中からは様々な種類のスコーンと、小瓶に入ったジャムが出てきた。紅茶のお茶うけにはこれ以上ない品を見てアリスの機嫌が更に良くなる。
「全部食べたいけど、でもそんなに食べたらきっと太るわよね。ここは1つだけ・・・いやいや、ここの所働き詰めだし、頭が付かれている時は甘いものがいいって養母さんも言ってたし。」
 部屋の中にはひとりきりなのだから黙って取り分ければいいのにアリスはなぜか言い訳めいたことを言いながら3つのスコーンを小皿に取り分けた。
「ジャムも紅茶に入れちゃおうかしら。でもやっぱり・・・。」
「そのくらい、別に構わないと思いますよ。それに僕は少し位ふくよかでも気にしません。」
「いえいえ。どちらかと言えば男性の目よりも同性の目のほうが・・・って、ユリウス。どうしたの?お仕事は終わったの?」
「いいえ。誰かが途中で投げ出して出て行ってしまったので終わってません。」
「うう・・・ごめんなさい。」
 ユリウスに厳しい口調で言われ、先ほどまでのウキウキとした表情は鳴りを潜め、アリスはしょんぼりとした様子で謝った。
「冗談ですよ。僕もカズンも限界が近かったですからね。アリスが癇癪を起こしてくれたおかげで、今日の作業を終わりにする良い口実ができました。」
 そう言って苦笑すると、ユリウスは手に持っていたバスケットをテーブルの上に置いてアリスの横に腰を下ろした。
「それとこれはカズンからのお詫びの品です。それと伝言で『まさかあの程度であんなに怒るとは思わなかった。大人気なかったな。すまん。』だそうです。」
「さり気なくバカにしてくるのが、カズンの嫌な所よね。まあ、いいわ。それでその、お詫びの品って?」
「ベーグルサンドです。僕もまだ夕食を摂っていませんでしたし、一緒に食べましょう。」
「でも、確かカズンもまだ夕食は・・・。」
「彼はもう寝るそうです。『どこぞの食い意地の張っている甘味マニアと違って夕食よりも睡眠が欲しい』って言っていました。」
「・・・。」
「僕は睡眠よりも食い意地の張った甘味マニアと一緒に食事を摂りたいですけどね。」
「フォローになってない。」
 アリスは眉をしかめてそう言うと、コツンと軽くユリウスの頭を叩いた。

 ベーグルサンドを食べ終わり、食後の紅茶を飲み干したところで、ユリウスは前々から思っていた疑問を彼女にぶつけることにした。
「アリスは・・・僕とカズン。どっちが好きですか?」
 突然ユリウスから投げかけられた突拍子も無い質問に、アリスは口に含んでいた紅茶を吹き出した。
「ケホッ・・・カズンが何ですって?」
「だから、僕とカズン。どっちが好きなんです?」
「そんなの、ユリウスに決まっているでしょう。私はあなたの恋人なんだから。」
「じゃあ、カズンやルーファス、アレクシス皇子のことはどう思ってるんです?」
「だから、なんでその三人の名前が上がるの。」
「何でって・・・。」
 言いづらそうに口ごもるが、ユリウスの表情は彼らに嫉妬をしていると如実に語っていた。そんなユリウスの表情を見たアリスは彼の頭を抱きかかえるようにして頭をなでた。」
「ユリウスは本当に可愛いわね。あの三人は私にとって、クロエ同様家族みたいなものなの。だから遠慮もしないし、嫌味も言い合う。愛してはいるけど、ユリウスの考えているような関係ではないし、愛の性質も恋人に対しての愛とは違うものよ。ユリウスだって、キャシーやエドに対して思う所があるでしょう?それと同じ。」
「じゃあ・・・テオって、誰ですか。」
「テ・・・テオ?誰かしら。」
 アリスはそう言ってごまかそうとするがユリウスは追及の手を緩めようとはしなかった。
「この間、アリスが寝言で言っていたんですよ。『テオ様。お慕いしております』って。」
「あ・・・あー。そう。思い出した!少し前に読んだ本に出てきた登場人物が・・・」