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七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
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グランボルカ戦記 6 娼婦と騎士

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「あの子は勝手気ままが信条ですから、標的の始末を終えても戻って来ないかもしれませんね。」
「そうか。ではとりあえず君には牢に戻ってもらおうか。」
「はあ・・・アレクが返ってくるまで牢の中の生活ですか。せっかく外に出られたのにまた閉じ込められるんですね。」
「いいじゃないか。働かなくても3食食べられて、しかも閉じ込められているとは言え、部屋はリュリュ皇女がしつらえてくれた快適な特別室だ。これで文句を言っていたら他の囚人に文句を言われるぞ。」
「それとこれとは別なんですよ。一応嗜好品の持ち込みもできるようにしてもらってますけど、紅茶を入れようと思ってお湯をくださいって言うと、何回言ってもぬるいお湯しか持ってきてもらえないし、ケーキを頼めば運び方が悪くて箱の中でぐちゃぐちゃになっているし。そもそも私は牢で働いている人たちの質が気に入らないんです。」
「いや、だってそれ牢番の仕事じゃないだろ。どう考えてもメイドとか執事の仕事だろ。」
「世の中には、メイドの仕事ができる姫君や皇子もいます!」
「おいおい、うちの子を巻き込むのは絶対にやめてくれよ。」
「メイドの格好が似合う王子だっているんです。」
 拳を振り上げてそう主張をするアリスを見てシエルは頭痛を覚えた。
「・・・・俺、今ちょっとだけ、リシエール人としてはもしかしたらウェルサに味方するべきだったのかもと思い始めている。」
「は?」
「君をユリウスに近づけていいものか正直判断に迷う。」
「私はユリウスみたいに頼りない王子をしっかり導ける才媛ですよ。現にアレクシス派はここまで大きくなりました。」
「いや、そりゃあ君だけじゃなくて、ルーファス殿や君の妹のクロエ殿。それにカズン殿がいたからだろう。君一人というのは眉唾だな。」
「大丈夫ですよ、リシエールはグランボルカに比べるとやや小国ですし、私一人でなんとかなります。」
「傾国の美女気取りかよ・・・。」
「あら、美女だなんてうれしいですね。」
「都合の良い所だけ拾うな!・・・さあ、さっさと牢に戻ってくれ。そろそろルーファス殿の薬が切れる時間だ。」
「だったらあなたも一緒に戻らないと。貴方は今日も私の牢に通ってきていることになっているんですからね。」
「わかってるよ。ほら、いくぞ。」
 シエルはそう言って牢に続く階段を降り始めた。
 
 二人が牢のある階に降りると、先ほど脱出した時と同じように牢番のアインが机に突っ伏して眠っていた。
「しかし、ルーファス殿の薬の効果は恐ろしいな。ここまで熟睡させることができるとは。」
「あの子は元々暗殺者ですからね。カズンもそうだったんですけど、少し抜けているところがあったから。」
 そう言って笑うアリスの笑顔はとても寂しそうなものだった。
「アリス殿・・・。」
「本当に、私やルーにこんな思いさせて。間抜けなんだから・・・。」
「すまなかった、今のは俺の配慮が足りなかったな。」
「何をいまさら。あなたの配慮が足りないのは、ずっとでしょう。」
 アリスは涙をぬぐいながらそう言ってシエルを睨む。
「そうだな。正直なところ、君が犯人ではないにせよ、カズン殿のことでこんなに心を痛めているとは思わなかったよ。」
「酷い本音ね。」
「だからこうして謝ってるだろ。」
「あなたはさっきから一言もあやまってませんよ。」
「あれ?そうか?すまなかった。このとおりだ。」
 そう言ってシエルが深々と頭を下げるのを見てアリスは深いため息をついた。
「あなたってなんだかカズンと同じにおいがするのよね。人を小馬鹿にしているというか、慇懃無礼というか。」
「そんな言い方ないだろ。こうしてちゃんと謝ってるんだからもう許してくれよ。」
「・・・馴れ馴れしいと見せかけて、突然距離を取ったり、また近づいたり。あなたがそうやって相手の距離感を翻弄しているのはなにか意味があるの?」
「うわ。そういう言い方ってないと思うんだけどな。俺はただ、時々礼儀を忘れて相手に近づきすぎちゃうってだけだぜ。」
「まあ、今のところはそういうことにしておきましょうか。」
 そう言ってアリスが牢に戻ろうと一歩踏み出した瞬間、彼女の服から、石の廊下に缶が落ちた。缶が落ちた拍子に甲高いカーンという音が廊下に響いた。
「・・・・・・アリス殿?」
「いえ、その。これは違うんですよ。これはその、秘蔵の紅茶で別に盗品とかそういうのではなくて。」
「いや。そんな疑いは持っていませんけど、気をつけてくださいよ。こんなのでアイン殿に起きられでもしたら・・・。」
 そう言って笑いながらアインを見たシエルはその笑顔のまま固まった。
「ろ・・・牢破りだあああああっ!」
 先ほどの缶の音でバッチリ目が冷めてしまっていたアインは、外に出ているアリスとシエルを見て叫び声を上げた。
「ち、違う、アイン殿。これは・・・」
「静かになさい!騒ぐとこの騎士の首をはねますよ!」
 アリスはそう言うが早いか、シエルの後ろに回り込み、彼の腰から抜き取った短剣を喉元に押し付けた。
「ぐ・・・人質とは卑怯な。」
 アインがそう言って槍を構えたまま動けなくなっているのを見て、シエルが小さな声でアリスに耳打ちをする。
(どういうつもりですか。)
(ここは私が悪者になるのがいいでしょう。今戻ってきたのではなく、抜けでるところだと錯覚させれば少なくとも今夜の一連の殺しでの疑いはなくなるはずです。)
(そりゃあそうかも知れませんけど、それだと俺は夜這いに来て間抜けにも君の脱獄に使われたヘタレ騎士ってことになるじゃないですか。)
(実際そんなところなんだから別にいいでしょう。アレクが戻れば誤解は解けます。私はアレクが戻るまでこのまま出奔することにします。)
(いや、いやいやいや。俺はどうするんですか、君の人質になった上に一人でのこのこ戻ったりしたら、それこそお偉方から騎士団長クビの辞令をいただくことになっちゃうじゃないですか。しかも下手すりゃ死刑だ。あんたのとこに来てたってことになれば、ユリウスの奴だってかばってくれるかわからないし。あんたが逃げるなら俺も逃げますよ。少なくともあんたが一緒に誤解を解いてくれるか、ちゃんと話を聞いてくれるエドが戻ってくるまではリシエール陣営には戻れない。)
 シエルの言葉を聞いてアリスがあからさまに嫌そうな顔をしたが、シエルとしても譲るわけにはいかない。しかも自慢ではないが、シエルにはサバイバル経験もサバイバル知識も殆ど無い。独りで街のそとで生活をしようとしたら、3日で死ぬ自信がある。
 シエルに譲る気がないとわかったアリスは盛大なため息を付いてから、口を開いた。
「あなたが居眠りをしている間に脱出させてもらったわ。もう少し寝ていたら責任問題だったわよ。まあ、今でも十分責任問題だけどね。さっきも言ったけど、あなたが動けばこの騎士の首をはねるわ。そうしたらさらにあなたの責任は重くなるでしょうね。」
 口でアインを牽制しながら、アリスはシエルと共に少しずつ後ずさるようにして階段を登りはじめる。
「・・・じゃあね、牢番さん。この男はできるだけ早く帰すようにするわ。」