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七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
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グランボルカ戦記 6 娼婦と騎士

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「あんたの神様は、あんたなんか知らないってさ。」
「やめろメイ。それ以上話をするな。君の傷になる。」
「あんたは黙っていろ。これはあたしの獲物だ。どうしようがあたしの勝手だ。・・・なあ、お前。一つ賭けをしよう。これから一分間あたしはあんたに手出しをしない。その間に逃げるといい。それであんたが逃げられればあたしは二度とあんたを襲わない。」
 メイの目を見て話を聞いたアンジェリカは、今の彼女がメイではなく、一人のケット・シーとしてこの場にいることを理解した。
 彼女の言っている賭けはネコが捕まえた獲物をわざと逃して再び捕まえるのと同じ遊びだ。
(自分勝手な話だが、メイはメイでいて欲しい。こんな奴のために友人を失うのはゴメンだ。)
 彼女がケット・シーとしての本能をむき出しにしていることを理解していながら、アンジェリカは先ほどペーターの頸を撥ねたナイフをトーマスに向かって投擲した。アンジェリカの手を離れたナイフは目標を違わずトーマスの後頭部の下、頸の付け根へと突き刺さり、一瞬で彼の命を奪った。
 そしてそれは同時に、メイの獲物をアンジェリカが横取りしたことにほかならない。
 トーマスがグッタリとしたのを見たメイが、後頭部に刺さったナイフに気づきアンジェリカを睨みつける。
「アンジェ・・・こいつはあたしの獲物だって言ったわよね。どういうつもり?」
「君は、メイか?」
「はあ?質問を返す前にこっちの質問に答えなさいよ。大体あたしがメイじゃないならだれだって言うのさ。」
「君は、ヘクトール殿の恋人で私の友人のメイか。それともただのケット・シーのメイか?」
「何を言ってるの?意味が解らないんだけど。」
「メイ。落ち着くんだ。今の君はいつもの君じゃない。私の知っているメイは面倒くさがりだけど面倒見の良い人間だ。本能にまかせて敵をいたぶるような事をしない人間だ。フェイオの件は私も腹が立つ。こうして仇討ちもしようと思った。だが、君のやろうとしていたことは仇討ちではない。ただの憂さ晴らしだ。その2つは似ているようで全く違うものだぞ。」
「・・・・・・」
「今のその目をヘクトール殿やエーデルガルド様やユリウス様に向けられるか?」
「・・・ごめん。」
 アンジェリカの声で自分を取り戻したのか、メイの瞳からは先程までの暗い色は消え去っていた。
「あーあ。あたしもまだまだ未熟だね。心配かけてごめんにゃ。」
 そう言ってメイはいつものように笑った。
「いいさ。こういう時に力になるのも友人の務めだからな。」
「にゃはは、アンジェはかたっくるしいにゃあ。」
 そう言ってメイは声を上げて笑った
 


 騎士道と言うものに、シエルは幻想を抱かない。
 あんなものは建前だ。後ろから斬られていたから逃げようとしたに違いない。これは騎士道に反する。犯人探しをしてやるほどの価値もない。そんなことを言い切ってしまうような理想にどんな意味があるのか。
 そもそも、後ろから斬ったであろう人間が堂々とそんなことを言ってのけ、自分の罪を免れようとしているのだ。
 だからシエルは騎士道に幻想を抱かないし、騎士道精神に反するようなことであっても自分の守りたいもの、守るべきもののためであれば平気でできる。
 たとえそれが憎むべき犯人がやったことと同じであったとしてもだ。
 足元に転がっている中年騎士の背中にある傷は、剣による傷などという生易しいものではない。中年騎士の後ろ半身はえぐりとられるようにしてなくなっており、現在この世界に存在しているのは無傷の頭部と、内臓がすべて削り取られた前半身だけだ。
「正直ね、あんたが一言でもあいつに対する悔恨を口にしたら、ここまでする気はなかったんですよ。ブルーガルさん。」
 シエルは足元で絶命しているかつての上司に話しかけるが、当然返事は返ってこない。
「あんた、昔はまともだったと思うんですけど、あれは俺が子供だったからそう見えただけなんですかね。それともウェルサの毒気にでも当てられたんですかね。」
 ブルーガルの死体は答えない。
「近衛騎士団に入って、あんたやヘクトールさんや皆と出会って。騎士の心得ってやつを教わって。それを教えてもらえたことが誇らしくて、それなりにその教えに従ってこの十年、俺はエドやユリウスを守ってきたんですよ。・・・だってのに、なんであんたはこんな風になっちまったんだ。浅はかなウェルサの口車に乗って、同盟国の宰相を殺して、部下の命まで奪って。」
 俯いたシエルの頬を涙が伝う。
 シエルが近衛騎士団に入った時、ブルーガルの第一印象は、規則に一番うるさい騎士だった。
 ブルーガルが夜な夜なアミサガンの街を抜けだして、近くの村に囲っている女に会いに行っていることは公然の秘密だった。そしてブルーガルは用事が用事だけに誰も供にはつけていなかった。
 シエルは、城門の外で彼を待ち伏せし、後から追いついてきたふりをして「自分も女を囲いたいので、色々教えてほしい」と言ってブルーガルと合流した。ブルーガルは「シエルもそういう事に興味を持つ歳になったか」と目を細めていた。
 子供のころから知っている部下が成長し、いいか悪いかはともかくとして自分に倣いたいと言ってくる。おそらくブルーガルは嬉しかったのだろう。聞いてもいない愛人との馴れ初めまで話してくれた。
 シエルにとって意外だったのは、彼が愛人としているのはこの20年ほどずっと一人の女性で、理由があって結婚ができないためにやむなく愛人として囲っているのだということだった。
 ブルーガルの話が一段落したところで、シエルは例の事件について話を振った。するとブルーがルの顔色はみるみる青黒く変色していき、言葉を詰まらせ言い訳じみたことを言い出した。曰く、「俺が悪いんじゃない」と。
 シエルには途中からブルーガルの言葉は届いていなかった。話を聞いているうちに耳は音を認識できなくなり、ブルーガルの声が何をしゃべっているのか理解できなくなり、やがてだんだんと視界も狭くなっていって、シエルの目には青黒い顔で必死で訴えかけるちっぽけな中年騎士しか見えなくなる。
 ただ、嗅覚と触覚だけはやたらと働いていた。夜風に吹かれる草の青臭い匂いは、剣を振り下ろした手に伝わった弾力のあるものに斬りつけた感触の後、やたらと生臭いような鉄臭いような血の香りに変わった。
 そして、その香りの元であるブルーガルの返り血はとても温かかった。
 持ってきていたタオルでブルーがルの返り血と涙を拭き取り、馬に括りつけてあった替えの服に着替えてシエルは馬に飛び乗った。
 街道から少し離れたところにあるブルーガルの遺体は人に発見される前に、いい具合に野犬が食い散らかしてくれるだろう。
「なんでこんな大変なときに、変な野望を持っちゃったんですかね・・・。」
 シエルは最後に、馬の上から遺体を見下ろしながらつぶやいた。
 
 アミサガンに戻ったシエルが地下牢のそばまでやってくると、すでにアリスが戻ってきていた。
「首尾は?」
「たかだか政治家一人始末するのにミスなんてするわけないじゃないですか。そちらはどうだったんですか?」
「ああ・・・始末した。ルーファス殿は?」