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七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
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グランボルカ戦記 6 娼婦と騎士

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正義なんてものは無いけれど



 ここのところ、街で評判の良くないごろつきの二人組、トーマスとペーターは毎晩のように飲み歩いていた。
 本来であれば街のごろつきである二人にそんな金があるはずもないが、少し前に入った臨時収入によって、毎晩飲み歩いて、女を買ってもまだ彼らの懐は温かい。
 その晩も彼らはほろよい気分で酒場を後にして、街角に立つ娼婦の物色を始めた。
 と、二人はその中に他の娼婦たちとは一線を画す、ひときわ目を引く美しい二人の娼婦を見つけた。
 一人はブロンドの髪と透き通るように美しい白い肌を持つ女で、もう一人は官能的な魅力を持った褐色の肌をしたブルネットだ。
 二人の女性は舞踊の心得でもあるのか、やや筋肉質な体だったがその筋肉が女性らしいラインを際立たせており、その魅力は普通の娼婦に飽き始めていたトーマスとペーターの興味をそそった。
「おい、お前ら一晩でいくらだ?」
「あら、アタイら二人まとめてかい?それならちょっと値が張るよ。」
 声をかけたトーマスにブルネットのほうがそう応じた。
「別に構わんさ。金ならあるからな。」
「そのかわりこちらも二人だがかまわんな?」
 ペーターが熱っぽい視線をブロンドに向けながら食い気味にそう尋ねた。
「こっちはもらうもんさえもらえりゃ文句はないよ。じゃあ、行こうか。」
 そう行ってブルネットはトーマスの腕を。ブロンドはペーターの腕を取って路地へと歩き出した。
 3つほど角をまがったところで、トーマスが早くもしびれを切らした。
「おい、おまえらの宿はどこだ?この先は確か行き止まりじゃなかったか?」
「んふふ、ごめんなさいね、実は私達モグリだから宿はないのよ。でも外で獣のようにするっていうのも、中々刺激的でいいものよ。この時間はこの先の路地に来る人間はほとんどいないから開放的な気分でゆっくり楽しめるわ。」
 そう言って妖艶な笑みを浮かべながらブルネットの女がトーマスの耳に熱い息を吹きかけた。
「そう、ゆっくりね。」
 路地の行き止まりまで行ったところでブルネットの女がトーマスの腕を離してそう言った。
「・・・ねえ、そういえば最近この辺りに女の幽霊が出るんだって。」
「幽霊だあ?何くだらねえこと言ってんだ。ここでするなら早く脱げよ。」
 トーマスは待ちきれないといった様子でそう言いながらズボンのベルトをカチャカチャと外しにかかった。
 トーマスが、ズボンを脱ぎながらペーターの方を振り返ると、暗がりでよく見えないがもう女を組み敷いているのだろう、彼はうつ伏せの体勢でもぞもぞと動いていた。
「何をそんなに慌てているの?もしかして幽霊が怖い?」
「は。馬鹿馬鹿しい。幽霊なんているわけがねえだろ。俺ぁな。早くお前が抱きたいだけなんだよ。お前もさっさと服を脱げ。」
「怖くないんだ。でもさあ・・・幽霊がこんな顔をしてたらどうだい?」
 そう言って顔を近づけたブルネットの女の顔は、フェイオのそれだった。
「お、お前は・・・!」
 フェイオの顔に驚いたトーマスは後ずさろうとした拍子に脱ぎかけのズボンに足を取られて地面に尻もちをついて無様に倒れた。
 「そんなはずはない!あの怪我で生きてるはずがない!」
「ああ、死んだよ。あんたと相棒が面白半分に負わせた怪我が原因でね。・・・ねえ、あたしがわざわざあんたに殺された女の顔を見せてやった意味。わかるよね。」
 先ほどまでの媚びるような声色とは全く違う、トーマスに対して冷水をかけるような冷たい声色で、ブルネットの女が言う。
「あたしはさあ、アンジェほど優しくないんだ。相棒みたいに簡単に死ねるなんて思わないことだね。」
 言われてトーマスが再びペーターのほうを向くと、ペーターの身体は動いているわけではなかった。彼の身体は自らの首から吹き出した血の血だまりの中で痙攣をしていたのだ。そして、痙攣をしている彼の傍らにはブロンドの女が冷たい目でペーターの死体を見下ろしている。
「ま、待ってくれ。俺は・・・違うんだ。全部ペーターがやったことで。俺は関係ない。そうだ、黒幕の名前を教えてやるよ。悪いのはそいつだ。な?わかるだろ?俺だって殺しなんてしたくなかったんだ。」
 そう言ってズボンを脱ぎかけのままでトーマスは地面に頭をこすりつけながらブルネットの女、メイを拝むようにして手を合わせた。
「頼む。頼むよ・・・。」
 メイがどうしたものかとアンジェリカの方へ視線を向けた一瞬の隙をトーマスは見逃さなかった。
 トーマスが靴に仕込んでいたナイフを素早く抜いてメイへと肉薄する。娼婦に扮したメイは武器らしい武器を持っていない。そうなれば男と女の力の差は歴然だし、メイを人質に取ればアンジェリカもおとなしくなるはずだ。
 トーマスの考えはそんな底の浅い考えだった。そしてそんなそこの浅い考えをメイが看破できないわけがない。
 トーマスにとって計算外だったのは、元々森の中で生きるケット・シーであり、現役でスカウトや兵士もこなすメイはそんじょそこらの女ではなかったということだ。そして、もう一つの計算外が、ケット・シーの変身能力だ。
 メイに飛びかかった瞬間、トーマスは不思議な感覚を覚えた。飛び上がっているわけでもないのに、地面についているはずの足の感覚が突然消えたのだ。足を切断されたのであれば足に激痛が走るはずだが、痛みはない。ただ、ふわりと頼りなく空中に浮かんでいるような感覚を受けた。さらに不思議な事に、まるで自分の身長が低くなっていくかのように、視点が下がっていく。
「あ・・?」
 そして、トーマスは地面にたたきつけられた。そしてそこで初めて自分の腹部から強烈な激痛を感じた。
「痛いいいいいいっ、いだっぃよぉぉおっ!」
 トーマスは腰から真っ二つになっていた。
 飛びかかってくるトーマスと交錯するように動いたメイの右腕は肘から先が紙よりも薄い金属の刃へと変化していた。メイはその刃を一振りしてに血払いをすると、先端をトーマスの眉間に向けた。
「あんたが余計なことをするから、うっかり斬っちゃったじゃないか。」
「あああ・・・やめて。やめてください。俺が・・・僕が悪かったです。助けてください、病院に連れて行ってください。」
 ボロボロとみっともなく涙を流して命乞いをするトーマスを見て、メイが不愉快そうに眉を顰める。
「うるさい・・・。」
「メイ、もう行こう。ほっといてもそいつは死ぬ。」
「そうだけど・・・ね。」
「死にたくない、死にたくない。なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ!ケット・シーを殺したくらいでなんでこんな目に!」
「なんで・・・だって?」
 トーマスの言葉を聞いたメイの眉は怒りで見る見るうちに釣り上がる。
「あんたには死んだってわかんないでしょうね。あたしはあんたたちみたいのに殺される同族を嫌って言うほど見てきたんだ。あんたたちがどんな顔でフェイオをいたぶったのかだって想像がつく。なあ、今どんな気持ちだ?お前が見下して殺したケット・シーなんかに命を握られているっていうのは、一体どんな気持ちだ?ああ?」
 メイが腕に力を入れると、ブレードはトーマスの皮膚を切り裂き、頭蓋に達する。
「嫌だああああっ!神様、助けてください神様!」