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愛道局

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 ピイピイピイと警告音がして、場内放送が異常が発見されましたと告げている。騒々しくなった。山本は目の前にあるタンクの色が他と違うのに気付いた。愛気調整に使う、かなり凶暴な気がつまっているらしい。赤い【注意】の文字が見えた。その文字に引きよせられるように制御板の前に立った山本は、自分でもおかしいほど冷静に注意書きを読んだ。こんなに詳しくやってはいけないことを書いたのでは、やってくれと言うのと一緒ではないか。山本は笑いながら操作した。モーター音と重々しく何かが動く音がした。蓋が開いたのだろう、また警告音が鳴った。
 山本は自分がより凶暴なエネルギーに動かされるのを感じた。身体の筋肉が急に太く強靱になった気もした。全てのものを壊してしまいたい。内から湧き上がる衝動に身を任せ歩き出した。タンクに上り下りする階段の手すりをつかんで揺すってみる。さらに揺する。
 少したわみ始めた手すりを誰かが手助けをした。ちらっと見たその男の顔は笑っているようにも怒っているようにも見える。ウオーッと一言吠ると大きくたわみ始めた。山本も凶暴になった力でさらに押した。ぎぎぎぎと音を出して、カクッと手すりの片側が外れた。男が反動で階段から落ちた。男は痛がりもせず、手すりの柵を掴み、ぎしぎしさせながら1本を抜き取りニッと笑った。丁度日本刀の長さだろうか。男は剣道のような素振りをしてから、操作盤に向かいその鉄柵をたたきつけた。配線がショートしたのだろうか。ポンと音がしてきな臭い匂いがした。その匂いがまた凶暴さを後押しする。山本も鉄柵を揺すり、曲げて手に取った。身体から充実感のようなものが湧いてくる。それは恍惚感を伴って山本を次の行動に移させた。


 走る、走る。自分の身体が軽く感じた。息も切れないし疲れない。何かをたたき壊す音と、非常ベルの音がBGMに聞こえ、自分が映画の主人公になったような気分だ。開け放たれたままの扉から出ると、数人の職員が走ってくるのが見えた。ちらっと女性の姿も見える。―長谷川女史?― 一瞬山本の足が止まった。二人の男が山本の脇を叫びながら通りすぎた。こちらに向かっていた職員達が一瞬立ち止まり、一斉に逃げ出した。長谷川女史が一瞬逃げ遅れた。男達が襲いかかろうとしている。山本は鉄の棒を肩にかついで反射的に走り出した。長谷川女史のキャーという悲鳴が響く。山本は二人の男に掴まり、抵抗している女史の姿を見ながら、自分はどうするつもりで駆け出してきたのかを考えていなかったことを知った。
「助けてえっ」
 山本の頭の中ですべてを破壊したい本能と、女性を助けるというヒロイズムがせめぎ合った。―おとうさん!― 妻の叱声が聞こえた気がした。長谷川女史が一人の男に組み敷かれようとしている。もう一人が必死にのがれようと動く足を押さえている。
「うおっ」と声を出しながら山本は二人の男に襲いかかった。手前で女史の足を押さえている男の背中に鉄の棒を振り下ろした。男が薄着だってせいか、ガツンと背骨に直接あたったような音と手ごたえが感じられた。鉄棒を握っていた手がしびれた感じがする。男はビクンと身体を起こし、何が起こったのか理解するのに時間がかかったように、やがて悶え始めた。山本は女史を組み敷いている男の背中に鉄棒を振り下ろした。異変を感じて振り返った男の肩に鉄棒は当たった。男の顔に何故だいう表情が浮かび、やがて憎悪の顔つきになり、男は立ち上がった。丁度その時に痛覚を感じたのか、男の顔が歪む。山本は鉄棒を野球のバットのように両手に持ち、振り抜いた。咄嗟に防御した男の両腕をヒット。

 男が仰向けに倒れた。山本は長谷川女史の手を引いて立たせ、引っ張るように走り出した。
女史を引きずるように走りながら後ろを見る。二人の男が立ち上がるのが見えた。その奥に煙が見えた。昂奮した男達の誰かが火をつけたのかも知れない。
「どこか隠れるところは」と山本は女史に尋ねる。長谷川女史は何か言おうとするが言葉に成らない。辛うじて「ああう」と指差す方へ女史を引きずりながら走る。相変わらず非常ベルが鳴り響いている。「ここへ」とやっと言葉の出るようになった女史がドアの取っ手を掴んだ。部屋に入り鍵を掛ける。
 山本はホッとしたせいか、今になって息切れを感じた。周りを見渡してそこが応接室だと知った。長谷川女史がソファにもたれかかって息を整えている。山本は鉄の棒をソファーに投げ出してその隣に座った。女史が顔を上げて山本を見た。甘い妖しい匂いがした。山本は女史の目が潤んでいるのをみて、湧き上がる衝動を感じた。このまま押し倒しそうになる。女史も漏れた愛気を吸っているのだろう。目に薄膜が張ったような焦点がずれた妖しい色をしてる。山本が手を伸ばした時にパトカーと消防車のサイレンの音がした。女史の目から薄膜がとれ、次第に困惑の色を見せる。
「逃げて」と女史が言った。山本はなぜ逃げなければならないのか咄嗟にわからなかった。
 長谷川女史は人が変わったように毅然とした表情になり、山本の手を引いて部屋の外に出た。山本は女史が指差すほうへ廊下を走った。突き当たったところで後ろからきた女史が非常口のドアを開けてくれた。芝生の庭が見えた。パトカーのサイレンの音がすぐ近くで聞こえた。

作品名:愛道局 作家名:伊達梁川