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愛道局

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 山本は、見えない何物かにあやつられるように外に出た。もう陽が沈みかけている。蒸し暑かった家の中よりも外は涼しい風が吹いていた。どこに行こうかなというかすかな考えも、しばらく歩いているうちに消えた。頭をからっぽにして身体のうごくままにまかせる。(敵は金持ちだ)頭の中で誰かがささやく。山本は身体に力がみなぎってくるのを、快感を伴って感じる。行く手を大きな外車が塞いでいた。歩道のない道だった。人と自転車は通行車両を気にしながら道路の真ん中を回り込んで歩いている。「このっ」と小さく呟いて山本はポケットからコインを取り出した。コインで車体を擦り過ぎながら歩いた。キーッという音は通り過ぎる他の車の音であまり気にならなかった。少し、脈拍が早くなった。そして達成感のようなものも感じた。後ろから呼び止められるのではという緊張感も味わいながら何事もなかったように歩いた。(まだまだ、これからもっとやらなければ)山本は駅に向かった。

 山本は以前見学をした浄愛場が近くにある駅で、ふと我に返った。亡き妻を思い出したせいかも知れない。かすかに自分が怒りのエネルギーに動かされてここにきたことが思い出された。愛気がストップされたせいだろうか。少し冷静になった山本は、最近ニュースで見る、暴力事件が無職や低所得者に多いことに思い当たった。愛気をストップされた者達が反動で大きな暴力的なエネルギーを生んでいると気づいた。格差社会が進んでいると
ニュースでは聞くが、誰も何も解決策をしようとはしなかった。危ないぞ、これはと山本は少し楽しむように、さらに自分も暴力的になりそうなのを抑えながら思った。


 山本の足は自然と浄愛場に向かって進んだ。あの長谷川女史の顔が思い浮かんだ。それも少し恍惚とした顔を思い浮かべて、身体のどこかがツンとした感じがした。
 フェンスに囲まれた浄愛場の建物が見えてきた。その奥には緑が多く見える。心和ませる緑が武骨なフェンスで囲まれているのが気に入らない。そう思うとまた暴力的なエネルギーが湧いてくる。山本は自分の身体が少し大きく頑健になったような気持ちになった。
 ズンズンと歩く。いつの間にか、自分と同じような雰囲気の数人が前を歩いている。振り返ると後ろにも数人いた。どこかで見たような雰囲気だなあと、山本は競艇場帰りの集団を思い出した。一様に無口で、何か火種があればすぐに爆発しそうに思える。皆、何か目に見えない大きなエネルギーに引きずられる感じで歩いている。
 フェンスを目の前にして、身軽なやつが簡単にフェンスに飛びつき乗り越えた。平和が長く続いたこの国では、この程度かと苦笑いをしてしまう。数人が同じようにフェンスを越えた。中から守衛の慌てた声が聞こえたが、すぐに静かになった。そしてフェンスの一部が開けられた。
 二、三人は知り合いらしく、小声で相談や指示をしているが、あとは他人同士のような気がした。山本はざっと十人ぐらいの者達を見渡した。一様に身なりはみすぼらしい。山本は一瞬、自分もこの者達と一緒になるのかと嫌悪感を覚えたが、足は自然と同じ方向に向かう。温室の様な建物、さらにクラシックが流れているブロックとだんだん足早になりながら進んだ。そもそも自動化で職員が少ない浄愛場。まだ非常ベルも鳴らず、ガードマンが走ってくることもなかった。


 街路樹には不似合いは集団は黙々と、第三ブロックに向かって進んだ。初めて職員に出会った。何も知らないその男は、会釈をしようかと迷った態度を見せたが、少し首をひねりながら通り過ぎた。山本さえ、この先に何が起こるのかわからない。ただ歩く。依然として邪悪な大きなエネルギーを身のうちに感じる。
 先頭を歩いていた男が守衛室の窓口で何か言っている。守衛が少し大きな声でダメですと言った。そして争う音がしてすぐに静かになった。扉が開いて皆、ぞろぞろと中に入る。
見学に来た時に休憩した部屋では数人の職員がいたが、誰もが自分を休ませていて、頭も休んでいるのか気にもとめていないようだった。一行は貯愛タンクに向かった。山本は皆が少しずつ早足になっているのに合わせた。
 大きめの扉はすでに開いていた。皆がなだれ込む。異様なほど黙って行動していた者達が「うおーっ」と叫びながら大きなタンクのある中で、勝手に行動をし始める。計器や各種ボタンをでたらめに押す。ウイーンとモーター音がしてどこかのタンクの蓋が開いたようだ。山本は螺旋階段を駆け上がり、蓋が開いてないと分かるとまた駈け降り、皆が騒いでいる所に行く。目覚まし時計のような音が響き渡った。やっと非常ベルが鳴り出したようだ。あまりの遅さに笑いが出る。笑いたくなるのはそのせいばかりではない。愛気が漏れだしたようだ。ウヒョーとか、ヤッホーとかいう声が上がった。

作品名:愛道局 作家名:伊達梁川