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愛道局

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 【頭の器械はそのまま外さずに、食事して下さい】
 入口に貼紙があった。それでも職員が「器械はつけたままお願いします」と繰り返している。山本は(まるで観光旅館の朝食のようだな)と思った。大食堂には、こんなにいっぱい来ていたのかという人々が、うれしそうに飯を盛ったり、トレーにオカズをのせていた。職員らしき姿も見える。朝はパンと牛乳だったので山本は温かいご飯と味噌汁、鯵の開きという普通の人が朝ご飯に食べるようなのメニューになった。ご飯に生卵をのせ、醤油を垂らすと懐かしい匂いがした。行儀が悪いと言われそうに、飯椀に口をつけてすすり込むように食べた。とろりとした玉子とあまり噛んでいないご飯が喉を滑り落ちていって、ふうっと山本は息を吐いた。いらいら感が無くなっている。今まであまり聞こえていなかった回りの話し声がウワーというように入ってくる。それから少しゆっくりと食べ始めた。
 食事が終わると皆は、ソファーのあるガイダンスを受けた部屋で昼寝をしたり、新聞・本を読んだり、テレビを観たりしている。山本はなんとなくテレビに目をやりながら、ここもそんなに悪くはないかなと思ったりした。

 どこかでチャイムが鳴っているなあと思いながら山本は、少しずつ頭を覚醒させている。
ソファのう上にいる、誰かの話し声。(ああ、寝てしまったんだ)とゆっくり体を起こした。
「それでは、次に進んで参ります。番号一番から十五番の方、こちらにお願いします」
 山本と同じぐらいの年齢と思われる男の誘導で、落語のビデオを見た部屋に入った。
(今度何だ)と思いながら席に着く。部屋はやがて映画館のように暗くなって、大画面のテレビでナレーションとともにドラマが始まった。

* *

 東京では久し振りの大雪だった。私は部屋の窓から白い風景を見ていた。午後を少し回ったばかりなのに、太陽の光はもうだいぶ傾いていた。その横からの光が白い雪に反射してキラキラと輝いている。私はそれを見ながら外に散歩に出ようと思った。ここ数日ずっと家のなかに居たような気がする。

 長靴を探し出そうと下駄箱の中を見たが、私の靴が数足の他は中には殆ど何も無かった。下駄箱の上に埃を被った箱があったので、それを下ろした。中には新聞紙に包まれた小さな下駄があった。これは娘が七五三の時に履いたものだろう。それを元に戻し、その横の箱をとり出した。その箱の大きさから、それは長靴ではないと解ったが好奇心もあって開けてみた。白く柔らかい紙を開くと、鮮やかなワインレッド色の靴が眼に飛び込んできた。私はドキッとして、慌てて蓋をした。それは思い出したくないものの様な気がして、私はそれを元の位置に戻した。
 結局、小さな物置から私が若い頃に履いたウェスタンブーツを見つけ出した。何故こんな古いものをとってあるかは思い出せなかった。それを履いてみると何だか自分が若返ったような気分になって、少しうきうきしてきた。こんな気分はいつ以来だろう。遥か昔のような気もするし、ちょっと前のような気もする。
 家の前は車の通った跡が微かにあり、あとは何人かが通った靴の底の形が少し崩れてあるだけだった。こんなに雪が積もっているのに自転車のタイヤの跡があり、それを見ているうちに、やはりこんな大雪が積もっている道を自転車に乗り、大急ぎで妻の入院している病院へ走ったことを思い出した。

作品名:愛道局 作家名:伊達梁川