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愛道局

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 狭い部屋には椅子が一つあるだけだった。そしてその椅子はアコーデオンカーテンで仕切られている方を向いている。(一体何が始まるんだ)と軽い緊張感を持って椅子に座る。
(軽い!)椅子をひいた時にそう感じて、持ち上げてみる。どうやら発泡スチロールでできているようだ。(コントでもやらせようとしてるのかな)と思いながら椅子に座る。
5分、10分、時間が過ぎていく。山本はこのセンターのルポのような記事を前に読んだのを思い出そうとしていた。自分には関係ないだろうと思ってさあーと読み飛ばしていたので、はっきりしないが、センターのメニューは日替わりであること。そして新しいものも多いということ。さらに薬のせいか、ハッキリ思い出せないなどの記事があった。
 さらに時間が経った。何も始まらず、何のアナウンスも無い。山本は立ち上がり、部屋をうろうろ歩き回った。入ってきたドアを開けようとノブを回したが動かない。(閉じ込められた?)不安がよぎる。
「おーい」と山本は大声で外に呼びかけてみた。何も聞こえない。すこしずつ怒りが湧いてくる。山本が部屋の隅に行ってアコーデオンカーテンを引いて向こうを見ようとした時、
カーテンが動き始めた。少しずつ向こうが見えてくる。金網が張ってある。その向こうにアトムの面を被った人がいた。(そういうことか)と山本は思った。少し意図が読めてきた。金網ごとに相対するということはお互いに敵意をもたせるということなのだろう。(まったくう、落語の次はこれかい)と思いながら、向こうを見る。
「さあ、あなたの一番嫌いな人物が目の前にいます。思い切り言葉でやっつけてください」
部屋のどこかから声が聞こえてきた。


「おいおい、さっさと座れよ」
 部屋を眺め回しているうちに、アトムがドスの利いた声で言った。待たされてイライラしているところにその言葉はぐさっときたが、山本はまだためらっていた。急に一番嫌いな奴と言われても、頭に浮かばない。ましてアトム相手に怒鳴ってもしょうがないではないかという思いがあった。
「ぐずぐずしてるんじゃねえ」アトムが大きな声を出した。お面で少しくぐもった声が山本のイライラ感を増幅させる。
「うるせいっ」
 普段めったに喧嘩はしないのに山本は自分でも意外なほどの言葉がでた。。
「まったく、お前はグズだなあ」
 グサッと言葉が突き刺さる。山本は物心がついて以来「グズ」という言葉を言われてきた。怒りがぐんと湧き出た気がする。
「チビがうるさいんだよ」
 山本は、身長だけは負けていないので、それで優位に立とうとした。事実目の前のアトムは小さかった。
「ふん、独活の大木ってか」
 チビの使う古典的な言葉が返ってきた。普段気にもかけない言葉でも、イライラ感を増幅させる。何か自分に中のもやもやも一緒に出ていく、快感とも思える気持ちが怒りと一緒にあった。頭のどこかで冷静に、こんな自分もいるのだと見ている感じもあった。


 山本はのんびりしたチャイムの音で吾に返った。いつしか立ち上がっていて、椅子は部屋の隅に転がっている。呼吸を整えながらアトムを見ると、腰を下ろして下を向いて呼吸を整えていた。そしてやはり椅子を蹴ったのだろう、向こうの方へ転がっている。
「ご苦労様でした。面を外して少し休んでから部屋から出てください」とアナウンスがあった。
(ご苦労様だとお、随分高いところからものを言うじゃねえか)と、山本は怒りのくすぶっている頭で思った。
 部屋を出ると係員はいなかった。まだ怒りをくすぶらせた者を相手にするには身の危険を感じるからだろうと思い、山本は案外自分が冷静であることを知った。アトムはどうしただろうかと、なぜか頭に浮かんだ。まるで握手でもしたい感じがして意外だった。廊下の突き当たりに大きな貼紙があり、矢印が書いてある。そちらへ進めということだろう。
歩いているうちに食べ物の匂いと雑多な匂いがしてきて空腹を感じた。(そうか空腹で、余計にいらいらして自分ではないような喧嘩をしてしまったんだ)と納得もした。腕時計で時間を確認すると、正午を少し過ぎていた。案内の矢印もその方を示している。

作品名:愛道局 作家名:伊達梁川