エイユウの話~終章~
「誰を、犠牲にするつもりですか?」
「誰も犠牲になんてしません」
「誰も犠牲にしないなんて、今の状態じゃ無理です」
ジャックは、腕をつかむ手を少しだけ緩めた。けれども、真っ赤な目が彼女の動きを止めている。
「特に戦えない貴女では、なおさらに」
アウリーは、口を固く結んだ。少しきつく言い過ぎたかと、ジャックは密かに焦る。少し視線を逸らした彼女は、しかし再び顔を上げると、今度は睨み返してきた。
「もし犠牲が必要なら、私が犠牲になります」
そういって、アウリーは彼の手を振り払って、キースを追いかけていった。思わず茫然と固まってしまっていたジャックも、慌ててその後を追う。
「待って下さい!」
ダメ元でジャックは彼女に呼びかけた。すると思いもよらなかったことに、彼女は脚を止めて振り返ってくれる。瓦礫を挟んだ先で、思いのたけが溢れ出した。にぎりしめた拳は、見ているだけでも痛いくらいに力がこもっている。
「無力なことは解っています!無謀なことも解っています!でも、何も出来なくても、私は行かないといけないんです!そうしないと、キース君が・・・!」
叫んだ彼女の目からは、ボロボロと涙が流れていた。あのしっかりとした姿は、糸が張りつめたギリギリの状態だったのか。泣かないように、必死にこらえていた様子だったのか。
彼女に追いついたものの、触れていいのかも解らず、ジャックの手は宙をさまよった。彼は結局触ることはなく、その手を下ろした。
作品名:エイユウの話~終章~ 作家名:神田 諷