エイユウの話~終章~
キサカは一人、地下牢を歩いていた。キースを助けることは、やっぱり自分にしかできないのだろう。その考えに迷いはない。自分の足音だけが響いて、反響した音が彼の体を包み込む。一定のリズムでたゆたい続けるそれが、彼の決意を表しているのだろう。
彼がたどり着いたのは、あの男の牢屋の前だった。機械的にピタッと足を止める。ミラーに向き直り、ドンッとミラーを叩いた。その音も妙な響きを持って返ってくる。男がゆらりと動いた気がした。少しびくりとするが、キサカも怯んではいられない。
「来たぞ!キースを助けろ!」
誰もいなく、奥へ長く続く牢獄に、たくましい彼の声が響いた。音が反響して、意味のない音になって、彼の耳に戻ってくる。自分の虚勢が、酷くみっともなく感じた。
男は動かなかった。力なくうなだれたまま、あの大声も聞こえなかったように、黙り込んでいる。少し腹立たしくもなる。もう一度叫ぼうとしたとき、キサカの耳に声が聞こえた。
「私はここから出られない。だから・・・」
男が首をあげた。うつろな目が、キサカを捕える。気持ち悪くて、不気味で、おぞましくて、キサカですら吐き気がした。それなのに、視線を逸らすことができない。まさに、蛇に睨まれた蛙だ、
「貴様の力を貸せ」
キサカは何も言えず、口をパクパクとさせた。今度はまるで魚だ。自分がここまで情けないとは、彼自身がっかりする。それを笑ったのか、口角をあげたまま男が続ける。
「なんだ?友を助けたいのだろう?」
その言葉が、引き金となる。キサカの中の、男に対する恐怖感情が消えた。強い光を持った目で、男をにらむ。そして、自信に満ち溢れたいつもの様子で、不敵な笑みを浮かべて、力強く言った。
「ああ。キースを助けるためなら、何だって貸してやる!」
「誓ったな?」
男が、にやりと嗤った。
作品名:エイユウの話~終章~ 作家名:神田 諷