エイユウの話~終章~
それが隙になる。
イクサゼルは地面にしみ込んでいた水をかき集め、燦々と日の照る空に掲げた。キースが慌てて木鏡を取り出すも遅く、水に流され壁に叩きつけられる。思ったよりも先ほどの嘔吐で体力を消耗してしまっていたようで、それだけでキースの膝の力が抜けた。
それでもじろりと彼を睨みつけた。精一杯の強がりだ。大層冷酷な出で立ちで、凶暴な表情をしていることが、容易に推測できた。しかし。
予想に反して、今にも泣きそうだった。
意地でも手放さなかった木鏡を、思わず落としてしまう。どうしてそんなに悲しい顔をしているのか。それが、先ほどの「酷い」という言葉と結びつく。
今目の前にいる人物は、イクサゼルなのか、キサカなのか。
再び水を操りだしたのを見て、とっさに落とした木鏡に手を伸ばした。表面を軽く撫でると、クルガルとゲティーラッサが飛び出してくる。
「クール!」
愛称を叫ぶと、彼女は低い高音でキィンと吠えた。イクサゼルが放ってきた水と、クルガルの鳴き声に呼応した水がぶつかり合う。危機一髪だった。
「ゲティ!」
呼ばれた小鳥が羽ばたくと、その体に見合わぬ風が吹き乱れる。イクサゼルの体が勢いよく飛ばされてしまった。やり過ぎたと後悔したが、すぐにこんなことで退治できるわけがないと気付く。もしできるなら、導師たちで簡単に処分なり何なりはずなのだ。
作品名:エイユウの話~終章~ 作家名:神田 諷