エイユウの話~終章~
「それって、酷いんじゃない?緑の魔女とか、心の欠陥とかにさ」
酷いということに、ピンと来なかった。どういう意味なのか聞く前に、ニールは走って戦場に行ってしまう。残されたのは、「とにかく早く来てくれ」という頼みだけだった。
酷い。その言葉は、キースが最も言われるのを避けてきたものだ。自分がひどい扱いを受けているからと言って、誰かにひどいことをするつもりもない。むしろ、自分がやられて嫌だったからこそ、決してしてはいけないと感じていた。それなのに今、彼に対してその言葉が発せられたのである。
気付いた時には走り出していた。無意識のうちに、何が酷いのか知りたいと願っていたのだ。第一線に行けばニールがいるはずだ。
パラパラと生徒の影が見え始める。怪我をして倒れているだけなのか、息をしていないのか、走っているキースの目には判断がつかない。普段なら足を止めてしまうところだが、好奇心に駆られる今は気にもならなかった。
第一線に着いたキースは、ニールの姿を探す。しかし、探すも何もなかった。そこにはたった一人しかいなかったのだ。先ほどよりも濃く不快なにおいをまとった少年だけが。赤色の制服は、もともとあんな色だっただろうか。そう思わせるほど、酷く暴れたことが解った。
「イクサゼル・・・」
姿こそキサカだったが、決してそんな風に呼びたくはなかった。絶対に違う。確信をもってそう言えた。
キースが情報を持っていたからだろうか。イクサゼルは目を丸くさせて見てくる。かと思うと、今度は唐突に笑いだした。
「まだ生きていたのか!」
意味が解らなかった。キースは魔物喰らいの呪いで死にかけはしたものの、そのことは知らないはず。それに、死んだと思っていた相手が生きていたことで笑えることは一つもないだろう。
一通り笑い終えたイクサゼルは、キースに手を差し出してきた。鈍い鉄の匂いが、鼻に近づいてきて気持ち悪くなる。けれども動作自体は何とも嬉しそうで、攻撃と判断することはできなかった。反撃することを、思わず止めさせるほどに。
「ケルティア、リラを探しに行こう」
ケルティアというのは確かにキースの姓だ。しかし、リラという名は聞き覚えがない。結果、我に返ったキースは思い切りその手を払った。キースの紺色の手袋に、黒が移る。
「ふざけるな。キサカは返してもらうよ」
そう言ったものの、やはりキサカの姿をしている相手だとやりにくい。手を払った時の切ない顔が、キースの行動を鈍らせた。
作品名:エイユウの話~終章~ 作家名:神田 諷