エイユウの話~終章~
「治療、ありがとうございます」
まさか。流の導師は慌てて彼の腕をつかむ。
「明の達人を探しに行くのか?」
「彼が危ないなら、助けに行きます」
「待て」
「一刻の猶予もないんでしょう?」
流の導師以外、導師が総動員しているところから、それを察するのは簡単だ。簡単だから、流の導師も言い返せなかった。だが、流の導師は手を離さない。代わりにこう告げた。
「残りの二人と逃げろ」
ぽかんと、キースは間の抜けた顔をする。この事態で、導師が最高術師に「逃げろ」なんて、言うものだろうか?いや、言わない。立場的にも、必然的にも、言えないはずなのだ。それを、規律主義の彼が口にしたのである。茫然とするのも当然だ。
キースは、キサカを身捨てろと言われていると解釈した。流の導師の手を、力づくで払う。腕に痛みが少し残った。いつものように、彼を睨む。
「彼を見捨てられません」
「自分を見捨てる気か?」
どういう意味か解らなかった。キースは睨むのをやめ、じっと彼を見る。悔しいくらい、悲しいくらい、端正な顔をしている。ずっと、勝てなかった顔だ。外の騒がしさが聞こえてくるのに、この職員室に害が及ばないのも、彼の結界のおかげだろう。キースを治癒しながら、そんな芸当をする彼に、キースが敵うことはない。
だから、彼を否定してきた。気に食わないのではない。自覚できるほど哀れな、ただの負け惜しみだ。それに付き合ってくれる彼は、どんなことをしようとやはり優しかったのである。そう、キースは感じてしまう。
しかし、自分を見捨てるとはどういうことか?敵意が無くなったのを感じ取った流の導師は、扉に目を向ける。それから魔力を強めた。結界を強固にしたようだ。
「仮定だが・・・」と告げると、彼はまたキースに視線を戻した。
「明の達人が乗っ取られた場合、お前を使って止めることになる」
それくらい、キースは喜んで受けるつもりだ。導師に止められる言われはない。「使って」という言葉が気になるところだけれど。
「その方法がこれだ」
差し出されたのは、ノーマンが彼に貸した本、「黄金の術師(ジャーム・エワ・トゥーロル)」だった。読んでないと踏んだのだろう。解説をしようとした流の導師の言葉を、キースが区切る。それも、的確な言葉で。
作品名:エイユウの話~終章~ 作家名:神田 諷