エイユウの話~終章~
ドンという大きな音が、キースを起こした。いつの間にかソファに寝転がっていて、周りが妙に騒がしい。牢獄にいた時とのギャップで、皆が何の話をしているのかさっぱり聞き取れなかった。不意に彼に声がかかる。
「気がついたか」
声のする方を見ると、そこには流の導師がいた。見てみればキースを治療してくれているようだ。逃げようとしたキースも、それを見て動きを止めた。ここで彼から逃げるようなことは、無礼でなくてもキースには出来ない芸当だ。
言葉の行き来が騒音に変わり、雑音になり、無音になった。沈黙が続く。自分が職員室にいるのだとキースが気付けたのは、そうなってからやっとだった。職員室で教師と二人というのは、非常に居心地が悪い。その相手が流の導師というのも、さらに彼に助けてもらっているということさえ、キースには難点だった。
状況と沈黙に耐えかねて、キースは口を開く。
「あの、何が起きているんですか?」
流の導師はちらりと彼を見た。ラジィとのやり取りがなくとも、鉄火面の彼はキースの苦手とする人種だ。しかも彼は性格まで冷静、というか、冷淡だという。正反対は一周回って相性がいいと言うが、真っ向から対立する性格だと、そうも言えないものだ。
「地下牢から、イクサゼルが逃げ出したそうだ」
帰ってこないとあきらめていたため、キースは意外に思い、それを前面に出してしまった。あとから慌てて取り繕うも、イクサゼルという名に、キースは混乱を隠せない。
イクサゼルは、学園反乱の首謀者の名前だ。また、「黄金の術師(ジャーム・エワ・トゥーロル)」の「彼」の名でもある。どちらが真似で、どちらが本物かは解らない、もしかしたらどちらも嘘かも知れないし、どちらも真実なのかもしれない。しかしどちらにせよ、数百年前に死んだ者の名だ。さらに大犯罪者の名前なので、以降その名をつけるような両親もいなく、認める国家でもない。ゆえに、その名が使われるのは彼本人でしかあり得ないのだ。
「どういうことですか?」
導師は周囲を確認し、ため息をついた。
「イクサゼルは呼び名だ。実際は憑依型の魔物のことだな」
憑依型。緑の魔術で召喚される魔物より、現実世界に存在する魔物は型がずっと多い。それくらいはキースだって知っていた。しかし、だからと言って、そんな型は聞いたことがない。
やはりそれは当然のことのようだ。導師はもう一度扉をチェックする。
作品名:エイユウの話~終章~ 作家名:神田 諷