エイユウの話~終章~
「あんた、誰?」
キサカが足を止めた。壁に寄り掛かって、顎を上げてハハハと笑う。そのあとゲホゲホと咳込んだ。落ち着いてから、声を出して息を抜く。
「何だよ、その質問」
「何じゃないわ。あんた誰よ」
「キサカだろ」
「ええ、そっくりね」
カマをかけていることは解っている。彼女にとってこの強気な態度こそが、最後の砦だった。彼女はアウリーを置いて歩き出す。キサカは疲れた瞳をこちらに向けていた。口元はまだ笑っている。いつものキサカなら、怒っているだろうに。
「変化、だっけ?生物変化は難しいけど、腕の立つ法師なら、誰かに化けるくらい、わけないって聞いたわ」
「腕の立つ法師、だろ?過大評価は困る」
「残念。キサカだったら、『褒め言葉をどうも』というところね」
彼は言葉を詰まらせた。さらに先ほど抱いた違和感を、次々と並べていく。今の彼女を突き動かしているのは、アウリーのあの予言だった。
仲間を信じてはいけない。
キサカは仲間だ。だから、彼女は彼を疑うのである。
保健室の周りではあまり授業が行われない。例にもれず、三人のいる廊下は、ざわめく生徒たちの声が反響してくるものの、白一色だった。まだ探しに来るにも遠いようだ。うつろな穴の開いた中庭の向こうでは、色とりどりの生徒が捜索しているのが見える。それでも三人に注目する生徒はいなかった。
一通り責めたところで、彼女はキサカの前に着いた。キサカ、というよりも、彼に化けているのだろう相手の前に。しかし、彼は怪訝な顔をした。
作品名:エイユウの話~終章~ 作家名:神田 諷