エイユウの話~終章~
キースの事に後ろ髪を引かれつつ、三人は保健室へ向かう。いつまでも支えられているのは格好がつかないと、キサカは自分の力で歩いていた。
心配そうに彼を見る二人の背後から、校内放送が鳴り響く。
『凶悪犯が脱獄した。二、三人でグループを組み、直ちに応戦せよ。繰り返す・・・』
この学校は法師養成学校だ。そのため、いかなる凶悪犯だろうと、魔物だろうと、逃げるという選択はない。皆で立ち向かうのが校風なのだ。滅多にないのでこの校内放送も消えつつあるのだが・・・。
「さすがだな、あの人は」
キサカが漏らした。校内放送をしたのはノーマンだったのだ。先ほど導師が頼もうとしたのはこれで、実際は頼む前に放送室に向かっていたのである。
素直に感心の言葉を吐くキサカが弱弱しく見える。ラジィは彼が満身創痍であるということも忘れ、勢いよく彼の背を叩いた。
「何情けないこと言ってるのよ!あんたやキースが、学園には頼みの綱なのよ」
いつも通りにやっただけだ。しかし、怪我だらけのキサカには少し痛かったらしい。壁に寄り掛かってフルフルと震えている。アウリーが気遣って叩かれたところをさすっていた。
やばい、怒れらる。
習慣的にラジィは感じ取った。こんな状況だからこそ、キサカはいつも通りにふるまおうとする。だからきっと次の言葉は・・・。
「そうだな。とりあえず、保健室行かねぇと」
拍子抜けした様子で、ラジィはキサカと、彼を支えるアウリーを見る。
違う。いつもなら、もうちょっと加減しろと思うくらいに、
「いってぇな!俺だって疲れてんだよ」と返してくるはずだ。
思い返せばさっきのもおかしい。キサカは無自覚とはいえ、アウリーの事が好きだ。だから、彼女に対して敏感になっている。なのに、あんなに不安がっているアウリーに、何も言わないなんて可笑しい。
導師に対してもそうだ。「導師を許さない」という言葉自体が変だ。キサカはその立場を強調したいときにだけ、その役職で呼んだりする。あの言い方を彼がすると、「導師」という立場の人を信じないということで、つまりは導師職に就いた人全員を否定しかねない。しかし、当のキサカはそんな簡単に人を否定することはない。たとえ許せない事態が起きたとしても、「あんたら」という言葉を使うだろう。見てない人間を否定するほど馬鹿じゃないのだ。
「アウリー」
呼ばれて振り返ったアウリーは驚いた、ラジィが止まっていたため、その距離が思っていたよりも開いていたのだ。キサカが大丈夫というので、アウリーはラジィのもとまで駆け寄った。
「どうしたんですか?」
ラジィは何も言わずに、彼女を後ろに引っ張った。ポケットの中にある木鏡を、反対側の手で触る。ラジィの様子に、ただならぬ事態だと、基本的に能天気なアウリーも気付いた。よろよろと前を歩くキサカに、ラジィが後ろから尋ねた。
作品名:エイユウの話~終章~ 作家名:神田 諷