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At the time

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三日後には、ルガーはマグの町の前の森でコルトが出てくるのを待っていた。
「コルト」
「その声……ルガー!?」
森の入り口で彼女に声を掛けると、コルトは驚いて杖を取り落としたが、次の瞬間にははじけるような笑顔を見せた。

其れから、コルトが町から町に入るまで共をし、コルトが町を出て旅を始める頃になると、ルガーは先回りしてコルトと合流して獣や嵐からコルトを守るようになった。ルガーの硬い鱗は土砂崩れの岩をも砕いて道を作り、強靭な尾は狼も熊も追い払った。鋭い牙はルガーとコルトの分の獲物を容易に狩る事が出来る。ルガーはコルトに飢えも乾きも、掠り傷一つさえ与え無かった。何故自分が少女と離れ難いのかルガーには解らなかったが、コルトと共に旅をするのは楽しかった。自分の中に『楽しい』などという感情が在る事さえも知らずに過ごしていた生の中で、此れ程生きて居ると感じた時など無かった。
コルトも、盲目のジョングルールの一人旅よりか何十倍も安全なルガー付きの旅に、心地良さも感じていたのだろう。町を出てこっそりと森に近づき、ルガーが声をかけると嬉しそうにはにかんで微笑んだ。
ルガーは月の光のように優しい笑顔を、次第に何よりも大切に思い始めるのだった。

そんな日々が続いたある日の事。灰色の雲が厚く帳を下ろし、雨の匂いの近づいて来ている夕暮れだった。いつもの様に、コルトを森で出迎えたルガーは金色の目を見開いた。
「コルト?どうした?」
いつもは旅路に擦り切れて草臥れていてもきちんとしている服が泥に汚れ、顔は俯いている。いつも持っている杖は、無残にも真っ二つに折れていた。滴り落ち始めた霧雨を避ける様子も無く、とぼとぼ木立に分け入る少女は只事ではない。
「コルト?」
「……、ルガー?」
思わず何時もよりも近くで声を掛ける。頬に泥の塊を張り付けたコルトはルガーの存在を確かめると緊張の糸が切れたか、顔をくしゃくしゃに歪めた。
何が遭ったのだ、とも聞くことが出来ず、慰めに触れる事も恐ろしく、黙りこくるコルトを促して洞窟に導き、ルガーは火を熾す。
コルトは揺らめく焔に視線を落としながら、雨粒が滴るようにぽつりぽつりと語った。ルガーは只黙って耳を傾ける。
「私ね。昔は小さな貧しい村に住んでたの。兄弟はいっぱい居たわ。でも、家族の中で目が悪いのは私だけ。だんだん目が見えなくなっていく、決して治らない病だって村の端に住んでいたお婆さんに言われた。貧しい村で、働けない私は厄介者だった。両親や兄たちは愛してくれたけど、村から白い目で見られることに私は耐えられなかった……」
コルトは手に触れた粗朶を手折ると火の中に投げ込んだ。外に降る雨の音も遠く、洞窟の中には火花の爆ぜる軽やかな音が寂しく響いていた。ルガーもコルトに合わせて火の中に薪を差し込んだ。。
「十二になる前に、村に年老いたジョングルール(旅芸人)が来たの。兄さんにリュートを作ってもらってその人に付いて村を出た。二年前にその人は死んでしまったけれど――。それからずうっと一人で旅をしてきたわ。故郷が何処なのかももうわからない……」
雨を阻む洞窟の天井を見上げコルトは泣き出しそうな顔で吐露した。天を振り仰ぐコルトの目は天井よりも遠いものを見詰めている様だった。
――帰りたいのか?
口をついて出てきそうになった言葉を喉の奥に張り付かせ、ルガーはコルトを見詰めた。何を言えばいいのか解らずに顔を顰めているうちに、コルトは視線を戻して微笑んだ。
「だから、ルガーにあえて嬉しかった。一人ぼっちの私とずっと一緒に居てくれる人なんて、ルガーみたいなお人好ししか居ないわ」
本当に嬉しそうにルガーに笑いかけるコルトに、ルガーは胸が酷く支えた。
「お前が……お前が善いなら俺は何時までも一緒に居てやっても良いんだ」
驚いたように目を丸くしたコルトの頭に、ルガーはそっと手を伸ばす。
銀細工を触るように慎重に、鱗のない掌で頭を撫でる。
バケモノだと悟られぬように用心に用心を重ねていたルガーがコルトに触れたのはこれが始めての事だった。そして人に傷つける目的でなく触れたのもまた。
じわりと伝わる人の温かさは二人の間にあった誰にも見えぬ薄い氷の壁をゆっくりと溶かしていった。
「ありがとう、ルガー」
微笑むコルトは、いつもの月のような微笑を湛えていた。

ルガーは突き付けられた銃口に身を硬くした。強く目を閉じる。耳に響く乾いた銃声。
ああ、如何してこうなった。ルガーは俯きながら後悔する。
酷い格好で帰ってきた次の日から、コルトは取り付かれたようにリュートの練習を始めた。胸を掻き毟られるような抒情詩、燃え猛る焔のような愛の歌、勇ましい戦記。次の大きな街では、盲目でも馬鹿にされない位に上手になるのだと宣言して。ルガーのお陰でそんな気持ちになれたんだよ、といつもの微笑でコルトは笑いかけた。
だから、つい思ってしまったのだ。『聞いてみたい』と。
ルガーは大きな街の人影の無い城壁を攀じ登って街に忍び込んだ。黒布をすっぽり被り、尾を体に巻きつけて本当に慎重に隠れてきたのだ。しかし、そんな努力を嘲笑うかのように、小さな望みさえ神は叶えなかった。コルトの居る筈の広場は酷く賑わっていて、うっかりルガーのフードの下から覘き込んだ子どもが悲鳴を上げた。母親に助けを求めれば、青年たちが憲兵を呼ぶ。怒号。罵声。悲鳴。大騒ぎの中で、コルトの歌声が朗々と響いていた。喧騒を尻目にルガーはただ黙ってコルトの唄を聴いていた。声を出したら彼女に気付かれてしまう。
だから憲兵の銃口を向けられてもルガーは身動ぎもしなかった。
だが、共に訪れるはずの焼け杭を全身に突き立てられたような激痛は何時まで経っても訪れなかった。
観衆の慄く悲鳴とざわめきがうねる波の様に広がる。ルガーの頬を何かが滴り、濡れたものが伝う。鼻を劈く血の臭い。その臭いに紛れ、鼻を掠める花の匂い。
「コルト……?」
呆然と幼子のように呟いた。ルガーを庇うように手を広げて銃口の前に立ち塞がっていた少女は、ルガーの声に応えて振り返る。曇天の雲が切れ、陽光がコルトを刺した。
「やっぱり、ルガーだった。良かった、怪我はない?」
逆光となり口元だけが見える顔で、コルトは腹部から流れる血などまるで無い事のように微笑んで見せた。
目を限界まで見開き、ルガーは血を吐く悲鳴でコルトに問いかけた。
「何でっ、どうして、お前!!」
「なんでって……あなたが撃たれるのはいやだったもの。良かった、勘で飛び出したのに、ちゃんと守れたのね」
ゆっくりとコルトが倒れ、ルガーは慌ててその華奢な体を支えた。
その視界にはもうコルトにしか見えていなかった。コルトをかき抱き、わき腹を貫通した傷口を必死に押さえ、止まらぬ血を止めんと奮闘する。コルトは額に脂汗を浮かべ、それでもルガーに微笑んで見せた。
「私、知ってたんだ。ルガーが絶対私に触れさせなかった理由も、一緒に村に入ることが無かった理由も」
「喋るんじゃないっ」
「ガヴァメントの森の……、バケモノってルガーのことだったんだよね。なのに、今日、私の為に見に来てくれた。怖かったでしょう……?ありがとう」
「嗚、嗚。血が止まらん、喋るなっ」
作品名:At the time 作家名:万丈壌