黒い少女
「知らないことにしておけばいいんだ。急に乗りませんなんて言ったら、俺が困ることになるんだ。そうだろ?」
少年たちは砂浜のある入り江の出口付近に見える小島まで競争することになった。先に泳ぎ着いた欣一は小島の松によじ登り、翔太の泳ぎが下手なのを批判する。紅い太陽が樹の枝に腰掛ける友の姿をシルエットにしている。穏やかな水面には様々な色彩が揺れて美しい。だが、翔太は永遠に島に辿り着けないのではないかという不安に動揺していた。
翔太は少しだけ小島で休憩したあと、先に引き返して行った欣一のあとを追って再び泳ぎ始めた。海鳥の声や漁船のエンジン音などが静寂を際立たせていると感じた。水面に漂う濃密な色彩が次第に濃度を増して行く。すぐ傍を鮮やかな碧や黄の魚が泳いでいるのが見える。翔太は先に行ってしまった欣一を恨んだ。
両足がつりそうな不安を覚えたのは、砂浜がかなり近くなった頃だった。助けを呼びたい気持ちになっているのだが、暗い砂浜には漁船やボートばかりが黄昏の中で眠っているように見えた。自分がおぼれかけているような気がしたとき、翔太は黒い人影に抱かれているようだった。
砂浜に引き揚げられたとき、彼を助けてくれたのが日に焼けて黒い漁師の娘だと判った。
礼を云う前に少女は逃げるように砂浜を遠ざかった。黒い顔の中で白眼と歯が輝いていたような気がした。
少女は翔太が無事だったことを喜び、笑ってみせたのかも知れなかった。