黒い少女
テーブルの中央に置かれた大皿には、巨大な伊勢海老がまだ山盛りのまま湯気を立てていた。湯気の向こうで筋骨隆々の漁師が笑顔でビールを飲んでいる。
「今日は久しぶりの大漁だったから、明日はどうかわからねえ」
雅代はコップにビールを注ぎたしながら、
「明日もたくさん獲ってくれなくちゃ。弟たちに雄姿を見せてあげて」
「今日は沼津へ呑みに行かなくていいから安上がりだね」
そう云った漁師の妻は雅代に視線を移すと、
「雅ちゃんは秋になったら東京に戻って奥さんになるんだね。でも、今度は自分の子を連れて遊びに来てね」
「結婚式のときはわたしも出席したいです」
友香という名の少女だった。翔太が彼女を見ると視線が交錯した。すぐに友香は翔太に向かってにっこりと笑った。欣一はおぼれかけた翔太を助けたのが友香だったことを知って落胆し、更に翔太を置き去りにしたことを姉から批判されて沈みがちになっていた。
その晩は夕食のときに使われた八畳の部屋で雑魚寝をすることになった。翔太、欣一、友香、雅代の四人が並べられた布団の上で寝息をたて始めた。翔太の耳にはすぐ傍の友香の寝息と、浜から微かに聞こえて来る潮騒が完全に重なって聞こえた。やがて、友香が翔太の手を握った。
自らの鼓動が高鳴り、翔太の眠気は消えうせた。友香は眠っているふりをしているのではないかと翔太は思い、彼女の顔を見ようとした。だが、どんなに眼をこらしても、暗闇がそれを許さなかった。
つづく