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女郎蜘蛛の末路・蜘蛛廻り編

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5 ある女の場合



 大昔の話をしよう。冷蔵庫の中が空っぽだった頃の話だ。
 その頃の彼女は、自身が現状を変えることができる程の力を持っていることを知らなかった。
 今にして思えば、それは酷く簡単なことだった。ただ行動するだけ。それだけで、現実は容易に変質するのだ。ただ、その時はそのことに気付いていなかったのだ。
 暗闇の中、骨と肉が啼く。その音は、彼女自身から響いていた。
「けっ! 少しは抵抗してみろよっ! まあ、抵抗したらもっと酷くなるけどな」
 そう言って、その男は嘲笑った。
「おらっ! ババア、カネ出せよ! ――っち、シケてんなぁ。まあいいゎ」
 男はそう吐き捨て、家を出ていった。残ったのは痛みに耐えながら蹲る彼女と、その母親だけだった。
 彼女はしばらく呻いていたが、母親はそちらに目を向けようとさえしなかった。
 やがてその女も外出し、残ったのは彼女だけだった。痛みもマシになると、あたしは空腹であることに気付く。人間、どうあっても腹は減るモノらしい。
 だが、冷蔵庫の中はどうせ空だ。痛みで足は動かないし、外まで食料を調達することにも行かず、結局部屋の中で蹲っている他なかった。
 食事の回数も減ってゆく。男は思い出すように帰ってきては、彼女を殴り、母親はその様子を見つめていた。
 ――その日は、いつもより更に苛烈な暴力だった。腹、顔、腰。殴られていない場所はなかった。
 ごつん、どすんと、肉と骨が啼く。そしてやがて、ぼきんと鳴ってはならない音が鳴った。
「何だ、折れたのか。あーあ、白けた。――おいババア、後始末しとけよ」
 そう言って、男は家を出ていった。
 母親は、彼女の子となぞ目もくれず、ただ男が去る様子を見つめていた。
 ふと、彼女は思う。そして、そのことを口にした。
「次は、あんただよ……」
 それは、止まった時を動かす魔法の言葉だった。
「あたしが、死んだら、次はあんただって、言ってんのよ。辛いよ、苦しいよ。今だって、すごい、痛いよ?」
 母親の表情が変わる。恐怖の色が濃くなってゆく。
「怖いことを、取り除くには、どうしたら、いいんだろうね?」
 ――彼女は呪文を紡ぐ。
「あの男がいる限り、あたしもあんたも、不幸なままなんだよ? どっちにしろ不幸なら、行動した方が、いいよね?」
 そしてそれは、現状を変える決定的な一言だった。
「大丈夫。後は追ってあげる」
 ――その後のことは、もう語らなくても良いだろう。