女郎蜘蛛の末路・蜘蛛廻り編
6 垣野花桜の場合
「魔女っていうのは、あんたのことを言うのね……」
潮風が頬を撫でる中、その女――染谷紅子のことを垣野花桜は魔女と呼んだ。
南に向かう客船。桜と染谷紅子はその乗客という身分でそこにいた。そして、甲板のベンチで今回の事件を振り返っていた。
「何が。あたしゃぁ別に魔法なんて使えないのだわ」
紅子はそうつまらなさげに言った。
しかし、それは桜から見れば魔法も良いところだった。
この女は一切手を汚さずにある男を殺した。いや、その表現ですら適格ではない。そもそもこの女は何もあの男を殺すことすら仄めかしていないのだ。
染谷紅子がやったことは、ただあの男を殺しそうな女に近付いて、話をしただけだ。その女たちに話を聞けばこういうだろう。『私は私の意思で、最中苺春という男を殺した』、と。
「でもね、やっていることは魔法よ。そうでなきゃ、言霊の類ね」
紅子の手口は一貫している。それは、恨みや執着を溜めてそうな男に近付いては、保険金を掛け、その男を破滅へと導いて行く。それこそ、今回みたいに関係者に会い、会話によって殺意を増幅させるのだ。しかも決定的な一言は絶対に口にしない。「殺しちゃえ」とか「殺した方がいい」とか絶対に言わないのだ。
それがどれほど難しいことか。類稀な観察眼と会話力。それこそ、魔法の類なのだ。なので、警察にマークされようが手口が一貫していようが、この女は捕まることはない。絶対に捕まらないのだ。
「魔法も言霊も知ったこっちゃ。そんなもん『紅茶』と一緒に飲み干してやるわ」
つまらないダジャレだと、桜は毒づく。
「まあ、どんな方法を使おうと結果さえ付いてくれば、魔法だろうと詐欺だろうとどうでもいいけどね」
おかげでもうあの男が誰かのモノになることはない。目的は達成されたのだから、手段はどうでもいいことだと、桜は考え直す。あまりこの件については踏み込まない方が良いのかもしれない。
「……あんたが一番タチが悪いのだわさ。あたしの労力を労って、どっかで奢りなさいよ」
「あら失礼ね。香しい奴らの情報を渡してあげたじゃない。こっちもこっちで大変だったんだから」
「嘘吐きキツツキツクツクボーシ。どーせ苺春をストーキングしてる時に知った情報じゃないの?」
バレたかと、桜は笑う。その内心を悟られるのが少し悔しいので、桜は黙ることを選んだ。
「まあ、いいけど……結局私、誰があいつを殺したのか分からないし」
「どういうことよ?」
「いやぁ、あいつ手広くやり過ぎよ。警察の方も怨恨の線で当たってるみたいだけど、被疑者を絞り込めないみたいよん。あたしが今回接触したのは五人程度。ところがどっこい、被疑者は倍どころじゃないレベルってことよ。こりゃ迷宮入りも確実よ」
――なるほど。罪作りな男だ。これはもう、苺春の奴、刺されることを覚悟してやってなかったのなら、ただのバカだ。桜は苺春のことを評する。
「……因果応報。罪も徳も自分のところに戻って来るってわけね」
はてさて、ということは、この女の罪は一体どこに向かうのだろうか?
「んふふ〜、通帳の数字がまた増えるのね〜」
――潮風は、答えを持ってくることはなかった。
――了
作品名:女郎蜘蛛の末路・蜘蛛廻り編 作家名:最中の中