小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

女郎蜘蛛の末路・蜘蛛廻り編

INDEX|4ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

3 雛形八重の場合



 雛形八重は、家に帰ると真っ先に化粧棚へと向かう。そして、古ぼけたジュエリーケースを開けると、その中のモノを机に置く。
 いつもお世話になっているアレだ。いつもの慣れた手つきで、八重はそれを使用する。
 頭がドロドロに溶けていく。全身の細胞が踊り、歓喜する。狂気狂乱の悦び。
「ぁああ、ほっこりするわぁ……」
 全身が性器と化したかのような快楽、何もかもを忘れさせてくれるような幸福感。『約束された安堵』が全身を駆け抜けてまた戻って来る。快楽信号が身体の全身を使ってF1グランプリを開いている。強烈な快楽と多幸感が八重というグラスを満たしていく。
 それらは溢れる前に八重というグラスをいつか壊してしまうだろう。だが、知ったことか。そんな些細なこと、今の八重にはどうでもいいことだ。身体を廻るサーキットがキング・オブ・ドラッグの疾走で路面損壊を起こそうが、この快楽の前にはどうでもいいことだ。
 そうして、八重は破滅の道を突き進んでゆくのだ。
 さて、そろそろ雛形八重が登場早々ラリっている理由を説明せぬばならないだろう。
 とは言え、彼女にとってそれは殆ど日課に等しいものである為これ以上の説明はしようがないのだが、一つ補足するとするならば――。

 ――苺春がまた別の女と一緒にいた。
 いつものことだった。だからと言って、腹の虫が大人しくしているわけでもない。
 しかし、外面だけは取り繕う。そうじゃなきゃ、苺春に嫌われてしまう。それだけは避けなければならない。あの小娘のみたいにギャーギャー喚き散らすことだけは避けなければならない。
 あの女は何者なのだろうか? あの修羅場に立ち会っていなかったが、他の女たちより親密そうに見える。いや、気さく、と言った方が良いだろうか。他の子たちをあやす様な猫撫で声でなく、リラックスした声色。だからか、余計に気が触る。あの女とはどんな中なのだろうか? 友人? 兄弟? それとも――。
 ――こころのなかになにかもやもやとしたものがひろがっていく。
 八重は苛立ちとそれと同程度の羨望を以て妄想を広げていく。
 あの女と苺春のカンケイ。夜、苺春は彼女の部屋へと忍び寄る。そして、彼女を後ろから抱き締めて、その黒髪の匂いを嗅ぐのだ。シャンプーのいけ好かない匂いを苺春は嗅ぐ。そして、そのまま彼女とまぐわうのだ。そして、彼女は苺春の姿を見て笑うのだ。その笑みは、八重の妄想なのに、いやそれ故か、彼女の一等に嫌いな笑い方だった。
 ふと、女と眼が会った気がした。そして、女は笑った。
 ああ、本当に嫌な笑みだ。そして彼女は気付くのであった。
 ――苺春に近寄る女の笑みが、何よりも嫌いな笑みであったことを――。

 ――これが理由である。
 彼女にとってそれは日課であるとはいえ、帰宅早々にキメることなど、それこそ金欠脱出直後ぐらいにしかお目に掛からないだろう。
 そう、ストレスである。今日のそれは、彼女にとって並々ならぬストレスであったことだろう。
 科学的に調合された夢を泳ぎ回っていた時だった。耳を戸の音が叩いた。
「ごめんくださーい」
 いつもこういう時は居留守を使うのだが、生憎鍵をかけ忘れていた。しかも鍵が掛っていないことはドアの隙間から目に見えてしまう。
「雛形八重さんは御在宅……って大丈夫ですか?」
「ぃぇ、お構いなく。ちびっとお酒が回っとるやけでおますさかい……っ!」
 来訪者は苺春と一緒にいた女だった。その女がなんでここに?
「はぁ……それはどうも、都合の悪い時に訪ねてしまったようで」
 全くもってその通りだ。何もラリってる時に来なくても。
「今回、少しお話をさせていただこうかと思ったのですよ。最中さんに付いてのお話を」
 なんと?
「なんでも、最中さんとは仲がよろしいようなので。その辺に付いてのお話を、と思いまして。また後日お伺いいたしましょうか?」
 まさか自宅まで追いかけてきて修羅場を繰り広げるつもりなのだろうか、この女は。
「いえ、今でもよろしいどす。汚れものを片付けてしまうので少しお待ちを」
 そう言って、八重は部屋の中の見られたくないモノをまずは片付ける。
「ほして、お話とは一体?」
 注射を煮沸消毒するつもりで用意したお湯で、お茶を淹れる。そして、それを女の前に持ってゆく。この事実を知ったら、この女はどう思うだろうかと八重は内心嗤う。
「あの男……苺春、最中苺春に近寄らないでください」
 この女、いきなり直球を投げてきた。
「あんた、苺春さんの彼女はんなん? ――ちゃう、ちゃいますやろ?」
 この女の場合、そういう関係ではない筈だ。苺春の交友関係を鑑みれば――。
「ええ、いわゆるセフレとでも言いましょうか」
 ――ビンゴ。八重はホッとしたような、しかし同時に胸に何か鉛のような物が落ちてくる。
「そういう、お互いに必要な時にだけ付き合う関係というのが心地よいんです」
 ああ、そうか。それなのだ、自分がこの女と苺春の間柄に――そう、嫉妬したのはそれが原因なのだ。
 この女は苺春に必要とされている。しかし、自分はまだその関係にまでは踏み入れられていない。そんなコンプレックスがチリチリと八重を焦がして行く。
「でも、時々思うんです。正直に言いましょう。私はあの男を独占したいと思ったことがあります。そして、その方法もまた考えました。ですが、今回はまた別の話です。
 ――もう一度言います。あの男が危険です。最中苺春には近付かないでください」
 余計な御世話だ。結局あんたもあの男が欲しいだけなのだろう。
 しかし、本当にモテる男だ。いや、手広くやっている、と言った方がいいのだろう。こんな男、どうすれば籠の中に閉じ込めることができる?
「本当に、自由な男です……」
 そう、女は微笑んだ。
 女が去った後、八重は女を殺すべきだったか、と考えた。しかし、殺したところでまた次の女をあの男は見つけるだろう。
 ――だったら、どうするべきか。答えは簡単だった。